真昼の星をみつけたよ

SS投稿投稿掲示板より。


1    びゃく  [id : Zh6z7zX1] [2016-01-04(月) 23:05:40] 削除依頼




あと何光年で、きみと手を繋げますか

2 びゃく  [id : Zh6z7zX1] [2016-01-04(月) 23:19:25] 削除依頼


こんばんは、びゃくと申します
ゆっくり気ままにやっていきます( ´` )

3 びゃく  [id : EetLOiJ1] [2016-01-08(金) 00:46:59] 削除依頼


 来る日も来る日も少女は、独りで箪笥の上に佇む。
 何百年も前からずっと同じ位置に、同じ紅い豪奢なドレスを着て、同じ表情をして、同じ角度に首を傾けて、ずっとずっと同じ美しさで。
 けれどある日、埃をかぶっていた少女を両手で掲げた少年がいた。
 少年は少女のガラスの瞳を覗きこんで言った。

「きみはとても綺麗だから、心もきっと綺麗だよね?」

 疑問形だったが、まだ幼い少年はそう信じていた。幼く純粋なこころで、まっすぐに信じることができた。
 少女は、綺麗な人間が心も綺麗であるとは限らないことを知っていた。しかし、自分の心が綺麗であるか、自分の容姿が綺麗なのかどうかは知らなかった。知る由もなかった。だから、少女はただ何の反応もせず少年に持ち上げられ続けた。 しばらくしてから少年は残念そうに、静かに少女に問うた。

「きみは喋らないね。動かないね。笑わないね。息をしないね」
「__どうして?」

 少女は答えられなかった。自分がなぜ喋らないのか、動かないのか、笑わないのか、呼吸をしないのか解らなかった。そうしようとしたことも無かったし、もしかしたらそう出来ないのかもしれないと思った。それから、なぜ自分はそんなことを考えているのだろうかとまた考えた。
 幾ら待ってもことばを発さない少女に、少年は何度も何度も同じ質問をぶつけ、やがて泣いた。

「なんで答えてくれないの? ねぇ」
「僕はきみと、ともだちになりたいのに」

 そんな少年を見て、こいつは、私に喋ったり笑ったりして欲しいのだな、と少女は思った。
 そのうち少女は、ずっと泣き続ける少年にだんだん胸のあたりがきゅっと縮んで妙な、いらいらした黒いもやのような感情が突き上げてくるのを感じた。怒りだった。
(私は今まで何もしなくても構わなかったというのに、なぜ今になってそのことで泣かれなければならないのだ)
 少女は多くの感情を持ち合わせていなかった。彼女の経験した時間でこんなに思考を巡らせたのもおそらく初めてで、それは今まで過ごした何百年より遥かに濃密なものとなった。
 そんな中、やがて少女は気付いた。
 自分が腹を立てているのは少年の存在に対してではなく、少年に泣かれるというその行為なのだと。その涙に濡れた瞳、嗚咽を漏らす声、崩れた表情、そういったもの全てが彼女の思考にちくちくと棘を刺した。
 だから、少女は心臓を得て、生命活動を始めることを決めた。少年を笑わせ続けるという目的の、ただそれだけのために。その感情が本当は怒りではないことを知らないまま。
 自ら心臓のかたちをした物を創り、無理やり嵌め込み血液まがいの液体を全身に巡らせる。自分の身体はこんなにも器用に動くのかと他人事のように思った。
 喋るようになった少女に少年はとても驚き、そして飛び上がらんばかりに喜んだ。
 酸素と埃を同時に吸い込み咽ながら、上手く動かぬ体でぎこちなく歩行しながら、引きつり気味の頬を吊り上げて少女もまた笑った。
 少年が笑う、ただそのことが少女にとっての生きる意味であり、全てになった。

4 びゃく  [id : EetLOiJ1] [2016-01-08(金) 00:51:47] 削除依頼

>3


 それまでも、それからも、少年と少女のもとに、誰も__少年の親さえも__訪れなかった。でも、二人がそれを気にかけたことは一度もなかった。少年は少女とのコミュニケーションを、少女は少年の笑顔だけをそれぞれ求めていた。
 二人はずっと一緒だった。やがて、少年は少女に名前を付けた。
「気に入らないかな」
 適当だもんね、と照れ臭そうに少年は笑った。そんなことないわと少女は真面目に答えて、少年と一緒に笑った。
 お互いが存在してさえいれば、二人には怖いものなんてなかった。


 少年と暮らすうち、少女はいままで知らなかった世界でさまざまなことを知った。
 悲しみ、痛み、楽しみ、味などを感じること。それを言葉という形で示すこと。少年が「人間」であること、自分が少年のような「人間」でないこと。感じること、驚くこと、知ることなどをするのは架空の器官__「心」であること。それが少年にだけでなく、自分にも備わっていること。
 少年が青年になり、大人になっていくにつれ、少女は自分の体が成長しないように出来ていることを知った。
 やがて少年は老爺となり、立って歩くことができなくなった。彼女はなんだか変な予感がした。まるで、彼がもうすぐいなくなってしまうような。彼の存在が、永遠でないかのような。
 彼は昔と同じように少女に笑いかけ、幸せそうに会話をした。

「×××」

 老爺は愛しそうに少女の名前を呼んだ。

「×××、もうすぐ僕はきみと喋れなくなる。笑いあえなくなる。そのうち冷たくなって、放っておいたら腐って溶けて消えてしまう。とてもつらいことだ。きみをひとりにさせてしまうね」
「__どうして」
「いのちは、終わってしまうんだよ。きみが育てた花にも、鳥にも、終わりがきただろう」

 少女はいままでにないくらいの寂寥と悲哀を覚えた。つらい、という感情だった。ガーベラが枯れたとき、小鳥が死んでしまったとき、息ができなくなるほど涙を流したときの、あの感情だった。とてもつらかった。いまにも溢れそうな涙腺を押さえつけながら、彼女は必死で言い聞かせた。彼は声に出して、つらい、と言ったのだ。彼の方がつらいに決まっている。先に泣いてはいけない。泣きたくない。わたしが泣いたら、彼も絶対に泣く。
 少女は、老爺が泣くところを見たくなかった。
「×××」
 老爺は最期を迎えようとしていた。そうとわかるくらい細くて、弱々しい声をしていた。
「僕は×××と暮らせて本当に良かった。僕にとって、これ以上幸せな人生はなかった。これ以上幸せな死に方もなかっただろう。あのとき、息をしてくれてありがとう。__僕はいま、世界で一番幸せな生き物になれたよ」
 老爺は目を閉じた。
 そこから涙が一筋伝ったのを、少女は見ることができなかった。少女の視界もまた、老爺とおなじしょっぱい液体で埋まってぼやけていた。
 作り物の心臓がかちゃりとあっけなく壊れ、偽物の血管が機能することをやめたまさにその瞬間、少女は一つの新しい感情を得た。悲しいような嬉しいような、酸っぱいような甘いような、角があるようで柔らかい、形容しがたい感情。
 掠れる声を潰れかけの声帯から絞り出すようにして、だんだんと硬くなっていく唇で少女もまた最期の言葉を紡いだ。
「泣いちゃ、駄目だからね」

 ここはいままでどおりの、静かな部屋になる。少女がずっとずっと過ごしてきた、埃も舞わないほどの静寂がやってくる。
 けれど少女は、これからは二人でこの部屋に佇む。
 何百年だって、何千年だって。
 そこに、たとえ誰も訪れなくとも。

>3-3 /「×××」

5 びゃく  [id : yCAVXVd0] [2016-01-12(火) 01:01:35] 削除依頼


 磨白は眠たげにゆったり顔を上げて、低めに嵌められた窓から外を見た。僕も彼女につられてそちらに目を向ける。
 蒼く蒼く晴れ渡った空。何日ぶりかの晴天に磨白は眩し気に目を細めた。朝露に濡れた飴細工みたいな窓ガラスがきらきらと磨白の長い銀髪を染め上げて、それを見られるのが僕しかいないことが嬉しかった。
「わたしね」
 呟きながら磨白がこちらを向く。大きいアイスブルーの瞳が僕をつややかに映して煌めいた。
「わたしね、世界で一番じょうずに笑えるひとになりたいな」
 やさしく澄み切った声音が、誰に聴かせるともなくゆっくり散らばる。磨白の考えていることは昔から予測できなくて、いつも僕を考えさせた。分かってくれなくても別にいいよと彼女が笑ったとき、そのときから僕は、磨白のことが好きになっていた。磨白に、恋に落ちていた。
 すき。
 好き。
 その感情は他のどれよりも暖かくて、優しくて、柔らかくて、甘くて、酸っぱくて、他のどれよりもよくわからなかった。だから、僕は磨白のことを好きになるのは必然かも知れないと思った。好きという感情そのものが彼女のようなもののような気さえした。いつ壊れてもおかしくないような華奢で折れそうな身体、柔くてよく冷える指先、透いたまなざし、そういったもの全てが愛しく思えた。好き。だった。
 __はばたいて、はばたいて、星になったら私も消えちゃうのかな。
 磨白は星が好きだった。透明な空気をかき分けるように手を伸ばして、その粉のような瞬きを掴もうとするように幾度も掌を握りしめるのだ。星光に磨白の儚げな佇まいはよく映えた。本当に背中に羽が、翼があると錯角しそうになるほど幻想的に映えた。
 ベッドにまた横たわり、磨白はぼんやりとガラスに指を這わせた。磨白のやわらかな匂いがぶわっと膨らんではじける。僕は彼女のそばに腰かけて寝ているふりをしたまま、その吐息を感じていた。
 いま磨白と呼吸をすること。磨白と偶然でも、生きる世界が重なったこと。磨白を好きになれたこと。
 初めて会った日、彼女は僕に言った。
「ましろは変な子だから」
 だから、喋ってくれなくていいよ。だから、誰もそばにいなくていいよ。だから、泣いてくれなくていいよ。だから、生きていなくてもいいの。でもね。
「いつか星になるまで生きてみたいから、手伝って」
 彼女は本当に変な子だった。彼女のすることは何のためにもならなかったし、誰に関わるものでもなかったし、けれど磨白にとっては命懸けのことばかりだった。こんなにも全力で一瞬を生きるひとを僕は初めて見た。磨白の身体は見た目よりもさらに弱くて脆くて、こっちが嫌になるほど、泣きたくなるほどぼろぼろだった。触れたら溶けてしまいそうで、崩れ去っていきそうで、けれど触れていなければ、握って抱きしめていなければ蒸発していなくなってしまいそうな、そんな身体だった。
 そっと薄目を開けて磨白のほうを見る。磨白はまだ窓をゆっくりなぞっていた。薄く結露した早朝のガラスに、彼女の体温がくっきりと線を描く。
 何光年も、何百光年もはなれたところに磨白が居る気がした。すぐそばにいるのにそんな気がした。手を伸ばしたってどれだけ声を張り上げて叫んだって届かない、真空と宇宙の向こうの遥かなところに彼女が立っている気がした。悲しいことのはずなのにどうしてかそれが、千切れそうになるほど嬉しかった。そんな磨白に恋に落ちさせてくれた世界がたまらなく愛しかった。
 そんな僕を知ってか知らずかまた、磨白はこちらを向く。目を閉じていたってそう分かってしまう自分に苦笑したくなるけれど。
 もういいかな。
 長い眠りから覚めるみたいに、長い硬いお約束を引き裂くように、星を掴み取るように、僕は立ち上がって磨白と目を合わせて抱きしめてそしてキスをする。何光年だか知らないけれど、僕と磨白はたしかにここにいる。

「ずっと隣にいるよ、磨白が星になれるまで」


/或る朝

6 びゃく  [id : zDmu.8U.] [2016-01-30(土) 21:51:30] 削除依頼


「好きだったよ」
 忘れていたわけではなかった。ただ時計が刻む規則正しい音を聴いていた。もうどうしたらいいのかわからなくなって、何度も息を止めて自分の生存を確かめた。加速する心臓の音は僕を安心させた。もうきみを忘れてしまうから。彼女がふっと呟いて、そうなんですか、と僕が聞き流したあの日に僕は、彼女を嫌いになったはずだった。ぼたぼたぼたと血の上に落ちた涙を、僕はこんなふうに泣くんだなと思いながら見詰めていた。あのときやっと、僕はちゃんと泣くことができたのかもしれない。
 そうしなければならなかったのだ。僕は彼女を殺さなければならなかった。彼女のことを好きになるまえに、彼女が僕のことを好きになるまえに。ちゃんと、やるべきことをしたのだ。僕は僕を正当化したかった。あのとき既に僕が恋をしていたなんて認めたくなかった。
「好きだったよ」
 彼女が死んだ日、僕は彼女の書斎に時計をとりつけた。時間がずっと凍結していて、それが戻って来たような気がして、動き出したような気がして、彼女と僕が過ごした時間を、いっそなかったものにできたらいいのにと思った。
「好きだったよ」
 彼女なんて嫌いだ。ずっと前から、嫌いだ。
「すきだったよ」
 ずっと前から。

 もう戻らないし還っても来ない彼女を、覚えておきたくなってしまって死にたくなった。未完成の感情をどうにもできなくて、僕は僕をやめたくなる。
 彼女の髪の色と皮膚のやわらかさと折れそうな指と掠れた声を、蜂蜜色の夕陽と耳が詰まるくらいの静寂を、僕はいまそっと棄てる。
 もう彼女は僕をしらない。僕も、彼女を知らない。


「 」


/ロスト

7 びゃく  [id : Vhr9q7f/] [2016-01-31(日) 23:26:40] 削除依頼


「もうだめなんだよ」

 深莉(みり)は嗚咽の隙間でたしかにそう言った。海のかけらみたいな澄んだ涙がぽろぽろ途切れずにその頬を滑る。滑っていく。落ちて割れる。僕はただずっとその様子を眺めていた。綺麗だなあとただそれだけ、思った。

「ずっとここにいたよって、言ってよ」

 笑ってよ。
 僕は、もしかしたら深莉には僕が見えないのかなと思った。だから泣いているのかなと思った。けれどそんなことなくて、深莉の瞳孔には薄くだけれどくっきりと僕の輪郭があった。深莉はちゃんと僕を見て泣いてくれていた。僕には広すぎるほどのこの世界は、深莉にとってただの窮屈な水槽に過ぎなかった。ゆらゆら揺れて透ける僕の体は位置が定まらなくてとてももどかしくて、悲しくなって僕は笑った。深莉はしゃくり上げながら僕に手を伸ばす。細かく震える指先でそっと僕に触れる。するりと心地よい感触が僕の脳髄を通り抜けて貫く。深莉はちゃんと僕の存在を、ぬくもりを感じているだろうか。僕と同じ気持ちで僕に触れてくれているだろうか。
 だとしたら僕はしあわせだと思った。僕がこの世界のほんの一片に過ぎないとわかっていても、ここにいることが途轍もなく壮大で素晴らしいことのように思えた。深莉も僕につられてすこし表情を緩めた。脆い薄いプラスチックのような銀色に透けた世界で僕らはずっとこのまま一緒にいたいと願った。深莉となら、今ならどこにでもゆけそうな気がした。気泡がゆったりと僕らの間を通り抜けていく。煌めいて無数の色になってはじけ飛んだそれにまぶしく目を細めて、深莉はやっと笑った。瞳や頬はまだ哀し気に濡れていたけれどそれでも、むしろそれが彼女を引き立てているかのように深莉は綺麗だった。
 深莉の長い髪が無秩序にゆらめく。歪んだ空からの光に絡めとられてそれは怪しげに艶を増す。目を閉じたって感覚的に奔流となって流れ込んでくる憧憬。深莉も僕も心から笑える瞬間がそこに確かに存在した。
 どれが僕らの未来だとしても、きっと前に進んでゆけるだろうなんて陳腐なしあわせを描いていた。でもそれでいいと思えた。充分だと思った。笑えるように、歩いていけるように。
 水の中で唇を動かすのだ。

「ぼくはずっとここにいたよ」


 この世界で僕と深莉はいま、泡とひかりといっしょに銀色のさかなになる。


/aquarium

8 びゃく  [id : CwZX4mA1] [2016-02-19(金) 23:47:16] 削除依頼


「だめだよ」「今日も満月だったんだ」
 わたしの言葉に、葵はかぶりを振った。ゆるゆるとした光が透明なカーテンを纏ってわたしたちを淡く照らした。グラスに少しだけ残ったサイダーが月光を吸い込んでゆらりと泡を吐き出す。わたしはだんだん、生きている心地がしなくなる。いつかわたしは死んでしまっているのかもしれない。まっぷたつの理性でわたしは、わたしと葵を薄く認識していた。サイダーの二酸化炭素とわたしたちの鼓動だけが、わたしたちがここにいることを証明するようにゆらゆら動いていた。

「影が」
「影?」

 僕らの影が、もう見えないんだ。

 影を落としてきてしまったのだ、とわたしは思った。吸血鬼にでもなったみたいだった。血。わたしは血液が嫌いだった。それはどうしてもわたしに、葵を思い起こさせた。哀しそうにはにかんで、僕らはなににもなれはしないんだよって言った葵を、どうしても思い出してしまうのだ。気持ち悪かった。鏡の向こうで私を見詰めるのはどこから見てもわたしの形をしていた。影を落としてきてしまった。

「ねえ、わたしたち、もういないのかもしれないね」

 ねえ、葵、あなたは考えたことがあるかしら。もうずっと探していたね。月の裏側みたいな、狂った時計の針みたいな美しさを探していたね。真っ暗なこの部屋で、ずうっとわたしたちは、傷を舐めあいながら待ってた。許されないことだって、葵がいればいつか綺麗なものになるんだって思ってた。葵。あなたは嘘が嫌いだったね。嘘つきなわたしと、嘘つきな世界をあなたははじめから嫌いだったのかな。ねえ、葵、葵はわたしが嫌いだった? ねえ、だめだよ、嘘を吐かないで。葵にあいされて、わたしは穢れるってことを知った。葵の甘い甘い嘘が、はにかんだ笑顔が、だいすきだったよ。

 新月の日、世界はいちばん嘘つきになるの。葵は嘘つきだよ。わたしたちはもういない。この世界に、もういない。ごめんね、ごめんね、わたし、幸せになりたかったよ。

/liquid love

9 びゃく  [id : KZPgOxy0] [2016-03-09(水) 23:35:24] 削除依頼


 まだ全然寒いのに、春の匂いがした。桜はまだまだ咲かないし、先週雪も降ったけど、どうしてか春だなあと思った。卒業証書の筒を右手で弄ぶ。

「行かねえの」

 気配もなく後ろから声がして、わたしはびっくりして振り返った。規則正しく並んだ机の波の真ん中に、斎藤くんがわたしと同じ筒を持って、いつのまにか居た。

「どこに」
「打ち上げ」
 行かないよ。

 ひとりになりたかった。別にみんなが嫌いだって訳ではないけれど、飲食店でぎゃあぎゃあ騒ぐような気分では、とてもなかった。
 斎藤くんはふうん、と静かに呟いてわたしの近くの机に腰を降ろした。春の匂いがする。廊下のワックスの匂いとか、風とか全部、春の色をしていた。斎藤くんも黙って、窓の外を見ていた。どちらともなく卒業だねって呟いて、どちらかがそうだねって返事をした。写真を撮り合ってわあわあ泣いて別れを惜しむより、このほうがよほどせつなかった。
 時間が止まったらいいのにと思った。15歳と16歳の中途半端な隙間でずっと彷徨っていたかった。なにかが頭から抜け落ちていって、からだがどんどん透明になっていくみたいだった。あのさ、と斎藤くんが言った。ちょっと、震えていた。

「あのさ、紺野」

 斎藤くんの方をゆっくり向いた。斎藤くんはまっすぐに、わたしの目を見ていた。澄んでいて、零れそうだった。

「おれたち、もう消えちゃうんだな」

 消えちゃう、というのはなかなかぴったりな言葉に思えた。消えちゃうんだ、わたしたち。消えかかっているんだ、もう。この教室を出て、廊下を歩いて、自転車に乗って、家に帰ったらもう、斎藤くんに会うことはないんだ。けど、もし今わたしが「そうだね」なんて言ったら、斎藤くんはきっと泣いてしまうんだろうなと思った。春の匂い。嫌いだけれど好きだった。ぞっとするほどゆるやかで、鳥肌が立ちそうなほどに優しい匂い。

「そうだね。もういなくなっちゃうね」

 斎藤くんの顔を見たくなくて、また窓のほうを向いた。もうちょっとここにいたい。まだもうちょっと、生徒でいたい。とっても静かにだけれど、斎藤くんは泣いた。
 静かに、静かに、わたしはつぶやいた。頭のなかで何度も用意しては消した。斎藤くんの泣き声がする。泣いてる。今日が特別な日なんだとやっと悟った気がした。もう消えかかっていた。

「斎藤くん、あのね」
「うん」
「すきだよ」

 もうどれだけ追いかけたって、届かないよ。わたし、きみのことが好きだった。斎藤くん、ねえ、わたしもう消えちゃうの。居場所を探してずっとこれから、斎藤くんの見えない世界で生きていくんだよ。胸いっぱいのさようならを、いま伝えたいんだ。一生分の別れのことば、きみにあげる。

 ごめんね、さよなら。
 わたしは泣きながら教室を出る。消えかかったわたしと斎藤くんは、きっとまた会える。


/春、またきみに会えますように

10 びゃく  [id : y1ytxnV/] [2016-03-13(日) 23:50:32] 削除依頼


 ふと気づくとふーちゃんが僕の手を握っていた。柔らかく優しく、まるで脆いガラスを扱うようにそうっと。僕の隣に腰掛けて、もうぜんぶ焼き尽くされてしまった僕らの静かな街を見ながら、擦り切れた指で包み込むように、少しの哀しさを孕んで、でも確かなぬくもりをもって。
 ふーちゃんは手を繋いだまま、煤や誰かの血糊や土なんかがたくさんこびり付いた鎧をがしゃりと揺らしながらよいしょ、と僕の近くに座りなおした。ぼろぼろと錆のような茶色い塊が彼女の座っていた場所と、ずっと下の地面に落ちる。かつては街で一番大きな時計塔だった廃墟の屋上。材質のわからない硬い灰色の壁の縁。ひゅーひゅーと鳴るつめたい風と僕らの息遣いの音。すこしバランスを崩せば前にのめって落ちるような位置に僕らは居た。さよならを使い果たしたような無機質な冷たさだけ、この街に残っていた。

「ふーちゃん」
「なあに?」
「なんでもない」
「そっか」

 大きく裂けた口のような真っ赤な月を抱えた、深い藍色に染め上げられた空は皮肉なほどに星でいっぱいで、僕とふーちゃんがまだ生きていることの証明にも見えて、不覚にもすこし安堵を覚えた。銀粉をちらした半球の下にまだ僕らは存在していた。平坦になった街はずいぶんと色褪せて、でも空だけは変わらずに僕らの頭上にあった。緩い風に絡めとられたふーちゃんの不思議な色の髪が、赤色灯みたいな月明かりに照らされてしゃらしゃら揺れる。きたなく煤けているのにちゃんと透けるように煌めいて見えるそれは僕をとろけるような、ふわりとした心地よい感覚にさせた。

「ふーちゃん」
「どうしたの?」
「僕はふーちゃんが居てくれて本当に良かったって思ってる」
「ん、ありがと」

 じゃあわたしもきっとそうだ、と前を向いたまま独り言のように呟くのが聴こえた。
 ずっと夢を見ていたような気がする。ふーちゃんが斬ると僕は撃って、彼女が射られると僕も刺された。飛び散る血と呪文と想いのさなかで目に映るものはほとんどが敵で、必死で味方を探しながら戦った。治癒魔法の効かない地帯で、僕の腕の中で死んでいった母さん。もうかたちがわからなかった父さん。一秒でも気を抜けば上から屋根瓦と爆弾と槍が降ってきた。__ふーちゃんはとても強かった。そのぶん負う傷も僕より遥かに多くて彼女は何度もその痛みに体を軋ませ泣いた。何もしてあげられない僕に僕も泣いた。ごめんねを言う度に僕は彼女のかわりに死にたくなった。死ねないふーちゃんのかわりに、いなくなってしまいたかった。
 僕はふーちゃんを守れない。ずっと前から気付いていたことだ。
 僅かに力を込めて手を握り返す。彼女の手が吃驚したように、焦ったようにぴくっと動くのがわかった。そっと覗き見たふーちゃんの表情にこそ変化はなかったけれど、ほんの少し温度が上がった手の中のそれを僕はとても愛しく思った。

「僕らさ」
「うん」
「まだやっていけるかな」
「いけるよ、きっと。それともいままで死んだことがあるの」

 ないでしょう、それは今までやってこれたからなんだよ。
 それはとても陳腐な台詞で、けれど不思議な重みを帯びた。僕は意味もなく安堵に包まれて、またあの浮遊感の伴う不思議な気持ちよさにとらわれた。
 そうか、僕はきっとこの少女が好きなのだ。
 この世界で僕は、ひとを好きになれたのだ。

「ふーちゃん」
 ねえ、少しずつ歩いていこう。
「僕さ」
 ふたりきりの世界で初めから紡ごう。
「僕さ、ふーちゃんが居ればなんでもできるよ」
 一緒に。


 零れそうな満面の笑み。
 右手をつよく握りなおして、僕と少女は夜空に跳んだ。


/三千世界の隅っこで

11 びゃく  [id : WQbY.L5/] [2016-03-14(月) 00:46:58] 削除依頼


■ .

>3-4 ×××
初期作のリメイク こういう設定好きです。恥ずかしすぎて大幅変更しました

>3 或る朝
キャラクターすごくお気に入りです。白い髪ってすごく好きです

>3 ロスト
前に書斎で女の子が殺される話書いたんですけど、それの続きがどうしても書きたくて(何の話

>3 aquarium
深莉という響きがとても好きで、いつか使いたいって思ってました
企画に出させていただいたものをちょっとだけ変更しました

>3 liquid love
題名から思いついて、衝動書きみたいな感じになりました
この二人も好きです また書きたい

>3 春、またきみに会えますように
卒業シーズンですね、私も今年で卒業なんですが17日なのでまだなんです
冬から春に移るときの気候がすごく好き 匂いとか、温度とか

>3 三千世界の隅っこで
これもリメイクです、ファンタジーってお題だったのですごく頑張った記憶があります
夜の星の描写がとても楽しかったです

12 びゃく  [id : 985nIdw1] [2016-05-01(日) 10:48:34] 削除依頼



「ねえ、長瀬くん、私の絵を描いて」

ソラは絵が嫌いなのだと思っていた。俺の絵を見て綺麗だねって言ったときの、哀しそうな、全部諦めたような目が忘れられなかった。ソラは1枚も、絵を描かない。中学校の頃はたくさん賞を獲っていたんだけどねって誰かが言っていた。禁忌に触れるような気がして、絵が見てみたいとは言えなかった。1年間、結局ソラは俺の絵を見て過ごしていた。どうして美術選択生になったのか、どうして美術部に入ったのかも聞けないままでいた。ただずっと、俺の向かいで絵を描くのを見ていた。なにかを探すように。誰かの面影を、俺の中から探すように。
青色が好きだった。滲んだ透明水彩の縁が、それに重なるたくさんの青がいつしか俺を虜にした。油絵を描くようになってからも、ふと思い出すように青い絵を描いた。なにも伝えることなどない、ただ好きな色を、好きなかたちで誰かに見て欲しかった。雨のような雪が降った日もそんな絵を描いていた。ソラが向かいの机から頬杖をついて俺を見ていた。

美術室にやわらかな風が吹き込む。絵の具の匂いが風と混ざる。水入れのなかの青が揺れる。ソラが目を細めて、猫みたいに机に上半身を寝そべらせる。どこかぎこちなくて、頬にかかる髪が綺麗だった。

「おまえの絵?」

うん。描いてくれるかな。


また、あの目だった。綺麗だね。その絵。ソラの泣きそうな零れそうな目が、俺を映していた。声だけやけに明るくて、無理しているんだなと思った。消えてしまいそうだった。セーラー服の袖を握りしめる手が震えているように見えた。絵の具の匂いがする。長いソラの髪が揺れる。
過去に何があったのか、ソラは話さないし俺も聞かない。けれど、じわじわと、何がそうさせたのかは分からないけれど、ソラの中で何か動き出しているような気がした。俯いていたソラがふっと顔を上げて窓の向こうを見る。うっすらと残る泣き跡、指の包帯、全部気づかない振りをした。なんでもいい。今は、ソラの絵を描くだけでよかった。誰も知らないままで、ソラの中だけで燻って、そのまま残っていけばいい。しあわせな日も消えたい日もそうやって、抱えていけばいい。

「ソラの誕生日ってもう過ぎたのか」
「馬鹿だなあ、とっくに過ぎてるよ」

俺はソラの方を向いて鉛筆を走らせる。もうすぐ15歳になる。春の風が吹いている。


/暖色

13 びゃく  [id : 985nIdw1] [2016-05-01(日) 20:16:52] 削除依頼

>>12 訂正


「15歳になる。」→「16歳になる。」

14 びゃく  [id : kZdli3y/] [2016-05-06(金) 23:13:59] 削除依頼



「なあ、あの歌ハモろうぜ」
「はもる?」
 あーあれだよ、下のパートと上のパートの奴。

 長瀬くんはウルトラマリンに染まった右の人差し指をこちらに向けて、ひゅひゅひゅひゅっと四拍子を描いてみせた。彼越しに見える窓からの景色は灰色で、銀世界とか表現したら綺麗に聞こえるのだろうけれど、硝子の外側をぺったり伝う融点を迎えかけの氷塊はどう頑張っても氷塊でしかなかった。土とか混じっているし、どうせ降られるのならいっそ北国で暮らしたほうがましかも知れない。
 私にぎりぎり見える角度でイーゼルに乗っかる、小さな長瀬くんの世界。青くて青くて、寒そうだけれどどこか優しくて、不思議。

「いいけど、私アルトだから旋律にならないんじゃない?」
「そんなの歌ってみないとわかんねえだろ」

 私は机に頬杖をついて、長瀬くんの指先を見詰める。平筆を伝って描かれていく青。
 好きなんだな__とふと思った。彼は描くことを、まばたきのように酸素のように、あたりまえに求めてしまうんだろうな。本能的に、衝動的に、無意識に。手つきが、キャンバスを愛でるように眺めるまなざしが、その静寂が、どれだけ描くことが好きかを空気で伝えてくる。
 ゆっくり、撫でるように、長瀬くんの筆は滑っていく。布のざらつきを感じるように、光加減を愉しむように、ゆっくり。

「……綺麗。だね」
「あ?」
「きみの絵」

 こちらを見ずに顔を顰める彼の耳は僅かに赤くて、それが寒さの所為なのかそれ以外によるものなのかはわからなかったけれど、私はキャンバスを指さした。セルリアンブルーと紺とウルトラマリンでできた世界。長瀬くんが愛してやまないであろう世界。
 長瀬くんは何も言わなかった。代わりに、彼が取り落とした絵筆が美術室のフローリングで硬い音を立てた。彼が照れているのが判った私はなんとなく、机にもぐって筆を拾う長瀬くんから目を逸らして無理矢理窓の外を眺めた。雪は勢いを増し、窓に細かい氷が張りついては液体になって流されていく。ぼうっと、うつろにその様子を見ていた。長瀬くんは筆を拾って、また絵を描きはじめる。

15 びゃく  [id : kZdli3y/] [2016-05-06(金) 23:14:28] 削除依頼

>14


 絵の具の匂い。長瀬くんの匂い。私がまだ絵を描いていたころ、私の描く絵がまだ意味をなしていたころ、大好きだった匂い。
 私にはもうわからない。
 絵筆を持って顔料と色素の塊を引き伸ばしていくだけのその行為が、それが生きる糧になるということが、それに楽しみを見いだせることが。
 絵を描いたって伝わらないことはたくさんあるのに、絵で伝えることしかできずにいた私を、ゆっくり壊れていく私を静かに見ていたあのひとの瞳がどうして、いまキャンバスを見詰める長瀬くんのそれと重なってしまうのかわからない。__好きなだけじゃ不十分だ。ただ綺麗なだけの絵なんて、いらない。いらないのに、価値なんてないはずなのに、どうしてこんなにも長瀬くんの絵に見入っていたいと思えるのか、思えてしまうのかわからない。どうしてもわからなかった。たぶん、絵は私が思っているよりもずっと簡単にできているのだと思う。描くひとが伝えたいことを持っていなくたって、誰かの心に響く絵なんてきっとどれだけでも生み出せる。だから、価値がないとかあるとかに固執してしまう私にちょっぴり嫌気がさした。そうすることでしか、私は私を伝えられない。あのひとの言ったことを真に受けて、今もそれを引きずってきてしまっている。馬鹿だなあ。みんな馬鹿だよ。いなくなっちゃえって何度も何度も切り裂いた。青い綺麗な絵。まだ少し重ね足りない薄い絵の具。ありがとうと小さく長瀬くんが呟く。ぎりぎり聞こえるような声だったから、きっと独り言だと聞き流す。
できればこのままずっと、ここでこうしていたいと思った。描くことを棄てた私を責め立てるようなこの匂いと、長瀬くんと私がつくる空気にずっと絞められていたいと思った。別に懺悔がしたいとか過去に浸りたいとかそういうのではなくて、単純にここにいたいと思った。もしかしたらただ長瀬くんの絵を見ていたいからかも知れないし、私の拙い自己分析でしかないけど。エアコンの設置されていない美術室の気温は冷え切って、私の指先の温度を下げていく。冷たさが心地よかった。

「らら、ら」

 低くてすこし掠れたバスの音色が、沈黙を優しく破る。音程をかたちづくっていく。柔らかい四拍子。長瀬くんの声。長瀬くんの呼吸。
 もう絵は描かない。描かないけど、長瀬くんが好きなものなら、私もいつか好きになれそうな気がした。彼の絵と、声と、彼のまなざしが私をそんな気持ちにさせた。

「らら、ららら」

雪、まだやまないね。
もうしばらくはこんな感じだと思うぞ。合羽持ってるか?
馬鹿だなあ、持ってるわけがないでしょ。
持ってねえのかよって長瀬くんが笑う。私もちょっと、笑う。
旋律を欠いたメロディ。和音。私と長瀬くんの歌が、青く染まった水入れと、イーゼルと、絵の具の匂いと、窓から見える街をなぞって美術室いっぱいに吹き抜けていく。
私はゆっくり目を閉じて、瞼の裏に残るぼんやりした残像を眺める。時計の秒針の音。私の心臓の音。音。
雪は降りつづける。15回目の冬がやってくる。

/cold color

16 びゃく  [id : WVrQncz/] [2016-06-15(水) 23:03:26] 削除依頼


くるしい。言葉が喉の奥でどんどん劣化して、ぼくは頭を抱えたくなる。

「どうして消えてしまったんだろう」

置時計の秒針がカチンと音を立てて止まる。このまま時間も止まればいいのに。湿気を多く孕んだぼくの部屋で、壊れかけのエアコンが唸りを上げるのを聴いていた。
伽はどこへ行ってしまったのだろう。にわか雨の振った暑い日、廃墟裏のレストランの室外機の前で、じゃあね、さよなら、っていつも通りに手を振ってから、彼女は一瞬泣きそうな顔をしてバスに乗り込んだ。真っ赤な夕日が伽の髪と、頬と、瞳と、力なく振られる手を照らしていた。ぼくは伽に好きだよと言おうとしたけれど間に合わなかった。心に口が追いついていかなくて、ことばだけ宙ぶらりんになって独り歩きをした。
それから、それから、伽は消えてしまった。どこへ行ったのか誰もわからない。それどころか伽という存在がぼく以外の誰からも消え去ってしまったのだ。最後に見た伽の泣きそうな顔が、なにか言いたそうな顔が頭の中にこびりつく。

置時計を軽く叩く。何度も何度も叩く。動かない秒針を呪った。もうここで生きていたくないと思った。涙が滑っていく。空が湿った青を垂れ流してぼくを嘲笑う。確かめるように右手首を左手首で、握った。


/狐の嫁入り

17 ろの  [id : 8HLC1R9.] [2016-07-27(水) 20:48:39] 削除依頼


伽はアイスクリームが載ったスプーンを窓越しの月に翳すようにして、上目遣いでそれを眺めていた。

「伽。なにやってる」
「月が出てるから。」

夏なのに寒い夜だった。浴衣が好きな伽は今日も浴衣を着ていた。紺の地に銀の刺繍が映えて、絵画を見ているようだった。
ゆっくり、罪を犯.すみたいに、伽はスプーンを口に運ぶ。こくんと上下する幼い喉、そうっと閉じては開く濡れたような睫毛、酔ったような舌っ足らずな口調、今夜の伽のすべてがどこか艶っぽかった。夢の続きを見ているようだった。合わせ鏡の中に迷い込んだ気分だった。吐き気がした。誰かの弾くピアノの低い音が、ずっと微かに聴こえていた。

「雪も、降ればいいのにね」

僕はそれには答えずに、出してあった瓶からサイダーのような液体をグラスについだ。不思議そうな顔でそれを見詰める伽の眠そうな瞳が二酸化炭素と月明かりに煌めいた。
僕は微笑って、伽の目を見て言った。

「それ、載せてみろよ。雪が降るから」
「……降るの」
「とても」


さっきよりも慎重に、禁忌に触れでもするかのように、伽はスプーンをグラスの縁に近づけた。アイスクリームが落ちて、ちゃぽん、と炭酸水が跳ねる。夜の部屋の、剥き出しのコンクリートに響いた。泡が、白い塊を溶かしていく。形をなくしていく。キンと音を立てて、スプーンが床に落ちて跳ねた。徐に、まったく無意識に、流れるようなすべらかな動作で彼女はグラスを呷った。雪を飲み込んで、酔ったような顔で、そのまま倒れ込んだ伽はぼくの腕に寄り掛かって、ゆっくり瞳を閉じた。薄い浴衣越しに触れたところが熱かった。空になったグラスが伽の手からスローモーションで滑り落ちて、スプーンの横に落ちて割れた。僕は残りのシャンパンをひとくち飲み込んでから、酔いがまわるまえに、伽が死.んでしまうまえに、今夜いちばん優しい声で囁いた。絶対、これがさよならだと思った。

「おやすみ。ごめんね」

しゅわしゅわ夏の音を上げながら、アイスクリームと伽と僕が月にとけていく。


/醒睡笑、錯乱した白昼夢


書き捨てに近いです いつかリメイクする

18 ろの  [id : 8HLC1R9.] [2016-07-27(水) 20:50:42] 削除依頼

>>17
4つもスペース入れたのに段落になってくれないってどうなの

19 ろの  [id : Fh5624Q/] [2016-08-20(土) 01:28:45] 削除依頼


それだけがさよならの合図だって分かっていた。夜が、すぐそこまで迫っていた。


手を伸ばしたらちゃんと触れられるひとがよかった。私はもう、鳴海くんと一緒にいられないんだって思った。それは呼吸みたいに、血液みたいに、すぐそこにある死だった。ふたりの間の薄い空気が、ゆっくり音を立てて死んでいった。どうしようもなく、綺麗、だった。

溺れるように、鳴海くん、と呼んだ。そうしたら、彼の深い水の中みたいなまなざしや、丁寧な息遣いや、遠慮がちな声が応えてくれると思っていた。返事をしてくれるって、愚鈍にも信じていた。信じていたんだ。


私の影は半分どこかへ彷徨った。夜がくる。牙をむいて、わたしと鳴海くんの死んだ世界をついばみにくる。喘ぐように足を踏み出した。夜が、くるよ。新月の真っ暗な夜。


「狂ったみたいに好きだった。もうわたし、鳴海くんのことを忘れなくちゃいけないみたい。言葉が、時間が、なにもかもが足りないや。さよならの合図、鳴らしてね。

鳴海くん、あなたに恋をしていたよ」


鳴海くんが遠くへいく前に、あかりがひとつ灯りますように。わたしが夜の街に溶けてしまうまえに、鳴海くんがいちどでも涙を流してくれますように。


/ひとりきりのノスタルジア

20 ろの  [id : wVjR8rI/] [2016-09-02(金) 00:29:51] 削除依頼


「ちひろ」
 また翠くんの声がとけた。わたしの脳髄にふかく柔く融けて、噛み砕かれて、痛みになる。わたしは呻いて、そうしてまた翠くんは頬をぴくりともさせずにわたしの足に、頬に、首に、そのことばを溶かしていく。
 だめだよ。まだだめだよ、翠くん、わたしの中にまだ、翠くんのことばは入っちゃいけないんだ。きみのことばを、キスマークみたいに卑.猥なものにしたくないの。だからまって、わたしの名前を優しく呼んだり触れたりしないで。だめ、だめだよ。
 抵抗できなくて、わたしのブラウスが滑り落ちる。翠くんの指がわたしの腕から肩へ撫でるように、すべらかに動いていく。ちひろ。ちひろ。これがわたしの名前でないような気がした。翠くんは笑わない。知らない間に泣いていた。翠くんの体温に焦がされる。あつい、あついよ、だめ。もう翠くんのことが見えなくなって、盲目のままわたしは翠くんに貪られる。愛されることって、穢されることと一緒なんだよ。わたしいま、ちゃんと翠くんに穢されている? 痛い。理性が音を立ててなくなっていくのが解った。こわい、翠くんがすごく怖いのに、わたしは翠くんに縋ろうとするのがもっと怖くて、わたしは目の前の腕を掴む。あついよ。
 わたしの中だけで燻っているはずのかなしさが、さみしさが、翠くんの中に流れ込んでしまうのが嫌だった。なんにも解らないでほしかった。翠くんのしようとしていることが、わたしのされたくないことに一致してしまうのが憎いよ。翠くんはまたわたしの身体をなぞっていく。印をつけるように、キスをされる。長いキス。頭の中が翠くんでいっぱいになって、何にも聞こえなくなって、喘ぐように翠くんの舌に溺れた。窒息死してしまいそう。ねえだめなの。やめてって思うのに。
 子供みたいだった。甘くて、そうやってわたしは泣いた。翠くんの愛とわたしの濁ったところが交錯する。まって、もうすこしまって。ちひろ、と呼ばれる。翠くんは笑わない。わたしの身体のなか、きみの愛で埋められてしまいたくなんてないよ。


/泡

かなにめちゃくちゃ影響された あんなに哀しく生々しくできないけどすごくすきです

21 ろの  [id : aaqLsgP0] [2016-11-08(火) 22:58:10] 削除依頼



「一気に寒くなったねえ」
「家に着くまでに凍えて死にそうだよねあんた」
「うるさいな」

 星がすこし、出ていた。冷えた指先にはあっと籠るような息をかける。三秒くらいでもとに戻ってしまうそれが憎たらしくて、カーディガンの袖口をいっぱいまで伸ばした。私の手のなかで、あたたかいものがまたひとつ死んだ。
 露野(つゆの)はだぼだぼのマフラーの中に、頬まで顔をうずめてまた、寒いなあと呟いた。大きめの茶色い眼鏡が、紺色のマフラーに押し上げられてすこし歪んでいる。ほんとに凍ってしまいそうだ。

「露野」
「ん」
「あのさ」

 あのさ、の先はまだ考えていなかったけど、黙っていたら露野がどこかへふっと消えてしまいそうだった。そんなことあるはずはないのだけど、冬になるとこの男子高生は途端に、ずるいほど儚くなってしまう。気が付いてふりむくと水たまりになってしまっていそうな__繋ぐものがないマリオネットのような不安定さを帯びる。学ランの下にセーターを着こんでいるのはこの季節彼だけだ。ふわあと白い息を吐くたびに、眼鏡のレンズが白くくもった。

「どうした?」
「いや、やっぱなんでもない」
「なんだよ」


 実はさあ、私あんたのこと好きなんだよ。って言ってやろうかなと思った。露野は鞄からスマートフォンを出していじり始める。

「露野、明日の時間割なに」
「おう」
「時間割がなにか聞いてるの」
「おう」
「……今何時かわかる」
「おう」
「……」
「……」

「露野」
「おう」

「好きな人いんの」


 露野はゆっくりと画面から顔を上げて、私の方を見た。驚いた顔を、していた。私はそれに気づかないふりで、前を向いたままマフラーの向きをちょっと直すふりをした。星がすこし出ていた。

「お前は?」

 星が目にちかちかと眩しかった。肩にかけていた鞄がいきなり軽くなった気がして、頭のなかがふわふわした。透明なものが、わたしの中からゆっくり流れ落ちていく。手をどこにやればいいのか全然わからなくなって、幽体離脱した気分だった。一週間前もこうやって、塾の帰りに並んで歩いた。露野本当に理系行くの?数学できなくて死んじゃうよ。うるさい、斎藤こそほんとに文系かよ。そんな会話をしていた。死んじゃいそうだよ、が口癖になってしまいそうだとか、寒いとか、そんな話をしていた。無意識にカーディガンのポケットからスマートフォンを取り出した。何をするでもなく、ただ沈黙を少しでも意味のあるものにしたくて手当たり次第にいろんなアプリを開いた。焦れたように露野が口を開く。きめた。

「なあ、聞こえてるのかよ」
「……ど」
「ん?」
「露野だけど」

 顔を見ないように、何も聞かないように、足早に歩きだしながら、突き放すように、できるだけ冷たく聴こえるように、じゃあ、私ここ曲がるから、ばいばい、と早口で付け足した。また明日、は絶対言いたくなかった。

 寒い。自分がどんな感情なのか推し量りたくもなくて、何も考えないようイヤホンを耳に押し込んだ。頬が不自然に冷たくて、泣いているのかもしれないと思った。星がすこし出ていた。カーディガンのポケットの中で一通分、携帯が震えた。誰からの通知かはもうわかっていた。


/星がすこし

22 ろの  [id : aaqLsgP0] [2016-11-08(火) 23:22:09] 削除依頼



■  .

>12 暖色
cold colorのスピンオフで書いたのだけれどこっちがメインの方がいいと思ったので先に投稿しました ソラみたいな華奢で独特の雰囲気ある子になりたい(むり)

>12->12 cold color
歌と絵が同時進行する。レスの区切りでなにか空気の変わる感じ伝わったらすごい嬉しいです
コンテストに出させていただいたものに加筆しました。余談ですけどコンテストに出したものは2016字だったんですどうでもいい

>12 狐の嫁入り
伽は何度か出したいと思っています バスとか時計ってそれだけで切ない感じ出て好きです

>12 醒酔笑、錯乱した白昼夢
実はお酒が入っていたよって話、

>12 ひとりきりのノスタルジア
なるみ、という響きがとっても好きです。透明に近い藍色みたいな儚い感じ
別サイトに乗っけたやつを加筆修正しました 同じようなの見つけても転載とかではないので心配ありません、どちらも私です

>12 泡
触発されて衝動書きしました。もう好き、こういうの大好きなんですけれど、艶っぽい感じの描写あんまりしないのでうまいこといきません

>12 星がすこし
こういうのいいですよね、当事者になれなくてもいいから目撃したい 露野の感じは私のストライクゾーンです

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