文章型 時空転送装置

SS投稿投稿掲示板より。


1    小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 18:18:43] 削除依頼

 やぁ、どうも。前にどこかで会ったかな? まぁ、いいや。
 突然だけどさ、君は“タイムマシン”って知ってるかい? そう、時空を飛び越えるあれだよ。
 僕はタイムマシンを作る研究をしていてね。それがついさっき、出来たってわけだよ。
 まぁ、百聞は一見に如かず、ってやつかな?とりあえず、僕のタイムマシンを見てほしいんだよ!
 え、操縦方法? ははっ、そんなの簡単さ。君は“読む”だけでいいんだ。そうすれば、きっとタイムトラベルができるからさ。
 さぁ、乗った乗った! 時空旅行の始まりだよ!

>>2

2 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 18:22:14] 削除依頼

なかなかスレッドが投稿されなくてリロードしたら文章が消えて焦りました。ちゃんと投稿されててよかった。小山望です。

前スレッド『空想は僕を飲み込む』にも書いた通り、この度スレッドを移転しました。新しくこっちで書き始めたいと思います。
というわけなんで、まずは僕の過去作品で気に入っているものをいくつか投稿します。ゆっくりしていってね!

3 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:00:04] 削除依頼

 窓の外には、店の中よりよっぽど暖かそうな雲が、薄く広がっている。その向こう、走れば間に合いそうに感じる所に、太陽が影絵のように揺れていた。私の働いている喫茶店も、夕陽の残光を残して店を締めなければならない。
 さて、そろそろ看板を仕舞おうかと考えていると、どこか控えめな靴音がした。ドアの方を振り向くと、そこには見知らぬ男が立っていた。スーツを着ているから、仕事帰りなのだろう。やはり控えめな――まるで歩いた場所を全て記憶していくような――そんな足取りで、ショーウィンドウの前へと歩み寄り、それ以外に何も考えてもいなかったかのように、ひとつの商品を指差す。
「抹茶サブレ、ですか?」
 男が指さした先にあったもの――それは、抹茶の葉の形をした、深い緑色のサブレ。私が聞いてから少し間を置いて、こくり、と男は頷き、人差し指を立ててみせた。
「お一つでよろしいですか?」
 こくり。
 私はサブレを取り出し、皿に乗せる。
「お待たせしました。抹茶サブレになります」
 男は黙って皿を手に取り、頭を下げる。ありがとう、ということだろう。あるいは、そう言えないことへの罪悪感も混じっているのかも知れない。そしてやはり控えめに、それでいて少しの迷いもなく、店の一番奥の、窓際の席についた。赤い光に照らされた男は、抹茶サブレを前に少しも動かない。何かをひたすら待っているように。しかし、皿の上のサブレはひとつだけ。私は不思議に思ったが、窓の向こうの夕陽を見て、看板のことを思い出し、急いで外に出た。
 店を出た途端に、体全体が冷たい風に包まれる。南の方では、既に桜が開花しているようだけど、このあたりはまだまだ寒い。冬の中に取り残されないように、急いで開店中と書かれた看板を外し、店内に戻ると、先ほど男に向かい合うように、一人の女性が席に座っていた。よく見慣れた後ろ姿だ。
「……店長?」
 振り向いた女性は、やはり店長だった。
「あら、優子ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です……あの、この方は……」
「私の夫よ。ええと、この子は越前優子さん。半年くらい前から働いてるんだけど、すごく真面目な方よ」
 それを聞くと、店長の旦那さんは小さく頭を下げる。つられて私も同じようにした。
「夫の話、聞きたい?」
「あ、はい」
「あなたは、ここで働き始めてから1年経ってないからね……ここ、座って」
 促されるまま、店長の隣に座る。1年という言葉が妙に引っかかった。
「この話は、少し……ううん、とても不思議な話なの」
 そう言って店長は話を始めた。

4 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:00:26] 削除依頼

 私の夫は、優しい人だった。普通の会社員だったのだけど、一緒にいると安心するような、そんな人だった。でも、夫はある日、いつも通り出勤して、そのまま帰ってこなかった。ここの店に電話が来て、交通事故にあったって知ったわ。すぐに病院に駆けつけたけど、打ちどころが悪くて、即死だった。あの時ほど泣いたことはなかったわ。もう会えないっていうのが、辛くて辛くて……それが、丁度7年前のことよ。
 家に帰ってから、私は夫の為にお菓子を作った。一度、夫が言ってくれたの。お前の作ったお菓子を食べてる時が、一番幸せだ、って。だから、作らなきゃって思ったの。何にしようか考えて、抹茶サブレにした。一番夫が美味しそうに食べてくれたから。出来上がった抹茶サブレを病院に持っていった時、少しだけ笑ったように見えた――

 それから丁度1年が経った日の事よ。とても不思議なことが起こったの。店仕舞いをしようとしてたら、一人の客が入ってきた。見ると、その人は夫だった。目を疑ったわ。でも、ショーウィンドウの前に立って抹茶サブレを指差した時、ああ、彼は間違いなく夫だって確信した。それから、毎年毎年、決まってこの日には夫が来てくれるの。今日も、夫は来てくれた。もう話せないし、サブレも食べられないけれどね。

5 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:00:48] 削除依頼

 店長の話はそこで終わった。私は視線を前に向ける。彼は――店長の旦那さんは、私に説明する店長を嬉しそうに眺め、ゆっくりと口を動かす。

 あ、り、が、と、う

「……いいのよ。私こそ、毎年来てくれてありがとうね」
 そこにいるのは、1組の夫婦に他ならなかった。私はそっと席を立つ。
「私、厨房の掃除してきます」
 私の意志を汲み取ったらしく、店長は私にもありがとうと微笑んだ。
 厨房に戻り、掃除を始める。けれども、やっぱり頭の中では、さっきの店長の話を思い出している。
 不思議と、彼に対して怖いという感情は、少しもなかった。辺りを包む菓子の香りに、信じられないことを起こす力があると言われれば、それで納得できるような気がする。
 掃除を終えて戻ると、窓の外を見つめる店長の姿があった。そこに彼はもういない。ただ、まだ手のつけられていない抹茶サブレだけが、ぽつりと置かれていた。


/サブレ

6 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:05:50] 削除依頼

※BL要素を含みます。ご注意ください。

   ***

 カラリとひとつ、風鈴が鳴った。
 一回鳴っただけなのに、幾分か涼しくなった気がする。左右どちらを見ても古い家と木ばかりで、自動車なんて滅多に通らない。風鈴の音以外で聞こえる音といえば、木の葉が風で揺れる、ありふれている割に唯一無二といった、心地よく矛盾した音と、アブラゼミやミンミンゼミの鳴き乞う声くらいで、やけに暑さだけが際立っている。
 その中で、わざわざくっついて隣に座る理由がどこにあるだろう。そうすることが当たり前とでもいうように、郁斗は俺の家の玄関の前で、隣に座っていた。
 シャクッ、とすいかを齧る。一瞬触れた唇が、強烈な――暴力的とも言いたくなるような――暑さとは正反対のものを感じる。
「うめえな」
「だよね!すいかが無い夏は夏じゃないよ!」
 そう言って、ぷっ、と種を吐き出した。本人は必死なんだろうが、記録は1mといったところだ。負けじと俺も飛ばすと、放物線を描いて道路の反対側まで飛んでいった。
「圭佑はうまいよねー。どうすればそんな飛ばせるの?」
「舌を使えばいけるぜ」
 そう言って舌を丸めて見せる。郁斗がうまくできずに顔を歪めていて、つい笑ってしまった。
 その後何回かやってみたものの、1回もうまくできなかった郁斗は諦めたのか、タネ飛ばしを止め、すいかを食べるのに集中する。あっという間に、郁斗のは歪な形の皮だけになっていた。それでもまだもったいなかったのか、明らかに食えなさそうな白い部分まで齧り、不満げに飲み込む。
「それじゃ、どっか行こうか」
「いや、俺まだ食べ終わってねーんだけど」
「いいじゃん、食べながらでもさ。ね?」
 半ば強制的に立ち上がらせられる。暑い中わざわざ歩くことの不必要さと、ベトベトであろう手が背中を押していることの不愉快さに、顔をしかめる。郁斗はそんなことお構いなしに――あるいは気づかないのか――ニッコリと笑った。
「いいねえ、風鈴って」
「だな」
「反応薄いなあ……もう一声!」
「なんなんだよ……はいはい、実に素晴らしいですね」
「うーん、なんか違う」
「何を求めてんだって」
 えへへ、と郁斗が笑う。
 思い返せば、いつもそうだった。郁斗は、どんな時でも笑顔を絶やさない。なかなかできないことだと思う。
「ほんと、圭佑と友達になれてよかったよ」
 小っ恥ずかしいことを、なんのためらいもなく言うことも。
「なっ、なんだよ急に。そういうのは、こう……引越しとかで会えなくなる時に言うもんじゃん」
「えー、別にいいでしょ?思ってる事なんだから」
「まあ、ダメじゃねぇけど……」
 見た目は気弱そうなのに、郁斗には躊躇いというものがない。ただ純粋という言葉で片付ける事ができないような、そんな性格だ。

7 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:06:21] 削除依頼

※BL要素を含みます。ご注意ください。

   ***

 カラリとひとつ、風鈴が鳴った。
 一回鳴っただけなのに、幾分か涼しくなった気がする。左右どちらを見ても古い家と木ばかりで、自動車なんて滅多に通らない。風鈴の音以外で聞こえる音といえば、木の葉が風で揺れる、ありふれている割に唯一無二といった、心地よく矛盾した音と、アブラゼミやミンミンゼミの鳴き乞う声くらいで、やけに暑さだけが際立っている。
 その中で、わざわざくっついて隣に座る理由がどこにあるだろう。そうすることが当たり前とでもいうように、郁斗は俺の家の玄関の前で、隣に座っていた。
 シャクッ、とすいかを齧る。一瞬触れた唇が、強烈な――暴力的とも言いたくなるような――暑さとは正反対のものを感じる。
「うめえな」
「だよね!すいかが無い夏は夏じゃないよ!」
 そう言って、ぷっ、と種を吐き出した。本人は必死なんだろうが、記録は1mといったところだ。負けじと俺も飛ばすと、放物線を描いて道路の反対側まで飛んでいった。
「圭佑はうまいよねー。どうすればそんな飛ばせるの?」
「舌を使えばいけるぜ」
 そう言って舌を丸めて見せる。郁斗がうまくできずに顔を歪めていて、つい笑ってしまった。
 その後何回かやってみたものの、1回もうまくできなかった郁斗は諦めたのか、タネ飛ばしを止め、すいかを食べるのに集中する。あっという間に、郁斗のは歪な形の皮だけになっていた。それでもまだもったいなかったのか、明らかに食えなさそうな白い部分まで齧り、不満げに飲み込む。
「それじゃ、どっか行こうか」
「いや、俺まだ食べ終わってねーんだけど」
「いいじゃん、食べながらでもさ。ね?」
 半ば強制的に立ち上がらせられる。暑い中わざわざ歩くことの不必要さと、ベトベトであろう手が背中を押していることの不愉快さに、顔をしかめる。郁斗はそんなことお構いなしに――あるいは気づかないのか――ニッコリと笑った。
「いいねえ、風鈴って」
「だな」
「反応薄いなあ……もう一声!」
「なんなんだよ……はいはい、実に素晴らしいですね」
「うーん、なんか違う」
「何を求めてんだって」
 えへへ、と郁斗が笑う。
 思い返せば、いつもそうだった。郁斗は、どんな時でも笑顔を絶やさない。なかなかできないことだと思う。
「ほんと、圭佑と友達になれてよかったよ」
 小っ恥ずかしいことを、なんのためらいもなく言うことも。
「なっ、なんだよ急に。そういうのは、こう……引越しとかで会えなくなる時に言うもんじゃん」
「えー、別にいいでしょ?思ってる事なんだから」
「まあ、ダメじゃねぇけど……」
 見た目は気弱そうなのに、郁斗には躊躇いというものがない。ただ純粋という言葉で片付ける事ができないような、そんな性格だ。

8 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:07:12] 削除依頼

 気づいたら、すいかはもう殆ど残っていなかった。本当に気がついたらなくなっていて、かなり食べたはずなのに物足りない気がした。残ったのも一気に食べ切る。
「あ……手ベトベトじゃん」
「だねー、後で洗わないとね」
 指を舐.めながら郁斗が言う。俺も舐.めてみると、汗と果汁が混じって変な味がした。
「暑いね」
 その声さっきよりも前方で聞こえて、ふと見上げる。あまりの暑さに、自然と歩幅が狭くなっていた。郁斗とは俺より少しだけ前を歩いている。
「もー、圭佑遅いよ!」
「んな事言ったって……」
 這い出てくる汗に、足が対抗できない。なんなんだ、この暑さは。
 左手で空を半分隠して見上げると、なんの障壁もなく、完璧な空色を見ることができた。壁のようであり、天井のような……
 不意に、右手に熱を感じた。空気の温度ではなく、包み込むような熱。それが俺を引っ張っていく。
「ほら、早く行こう?」
「ちょ、待てって……」
 郁斗は俺の手を握って走り出す。風になびく郁斗の綺麗な髪を見ていても、自然と意識は右手へと向かってしまう。それがなんだか、いけない事のように思えてしまい、急に恥ずかしくなって、つい手を放してしまった。郁斗は走るスピードを落として、十字路のところで立ち止まり、俺を振り返った。こんな真夏日に走って、暑くないのだろうか。もしかしたら、夏よりも早く走ってしまったのかもしれない。
「そっちは秋ってか……」
 大げさに呟いて、歩き始める。もう暑くはなかった。湿った手を握り締める。
「なんか言ったー?」
 郁斗の声がコンクリートに響く。
「なんでねーよ!」
 視線の先で振り返り、俺を待ち構える秋に向けて、俺は走り出す。一歩踏み出すごとに、身体を取り囲む空気が変わっていくのを感じる。だんだんと涼しくなってきた。
 カラリとひとつ、風鈴が鳴った。

9 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:09:08] 削除依頼

   ***

 いつも通っていたあの道に、風鈴の音は鳴らない。
 中学校に入学した年の春、回覧板で1人の老人の訃報が回ってきた。81歳だった。
「いやー、ほんとあっついねー!」
 いなくなってしまった人もいれば、いつまでも一緒にいる人もいる。
「お前はもうちょっと離れて歩けよ……」
「えー、いいでしょ?」
 そう言って郁斗は、俺の腕を掴んで引き寄せる。あまりに自然だったから、抵抗する間もなかった。さっきまでは一定の距離を保っていたが、一度くっつくとそれが馴染んでしまって、結局そのまま歩く。
 さり気なく近くにいても鬱陶しくならなくなったのは、いつからだろうか。
「あ、今年すいか食べてないね」
「だな……すいかあってこその夏、って感じだけど」
「今年もさ、また一緒に食べようよ」
「ああ、うん」
 それが聞けて満足したのか、郁斗はにっこりと笑う。ずっと見てると、男であると忘れてしまいそうになる、どこか中性的な顔……純粋さがはっきりと残っている目……二重の瞼と少し長い睫毛のせいか、他の誰よりも綺麗な目の中には、俺の顔がはっきりと写っている。暑いからだろうか、頬は微かに紅く染まっている。そういったことのせいなのかもしれない。してしまった後となっては、もう言い訳にしかならないが……
「どっ……どうしたのいきなり」
「いや、つい……すまん」
 目を背けるが、尚も見つめてくる。視線が若干堪えたが、初めてキスをしたにしては平静だった。あまりに自然だったからかもしれない。例えるなら、あの時のすいかのようなキス。ただ、未だに唇に熱さが残っていることは真逆だった。
「ううん、びっくりしただけだよ。それに……」
 言葉の途中で、あの時と同じように手が引っ張られる。顔を前に向けると、すぐ目の前に郁斗の顔があった。
 刹那、鈍い音と共に、神経が張りつめる感覚がした。思わず距離を置く。思わず手を口の辺りに持って行ってしまったのと、郁斗が口を抑えいるのを見て、歯をぶつけてしまったことを知った。
「痛い……」
 俺も顔を歪めてみせる。本当はそこまで痛いわけではなく、瞬間的な痛みだったが、痛みをこらえる郁斗の顔を見ていると、自然と自分もそうしなければならない気がしてきたのだ。
 一度体が離れてしまうと、なぜだか物足りなくなってしまう。ガムを食べた後に飲むコーラのような、そんな感じがする。急に不安になってしまい俯くと、肩がぐいと引っ張られた。頬に手が触れ、強制的に向き合わされる。今、俺はどんな顔をしているのか。よく分からないが、割と普通かもしれない。
「……嫌じゃなかった」
 再び唇が触れる。なんだか涼しくなっていた。体温までも分け合える事が、素直に嬉しかった。無意識の内に唇を舐.めてしまう。塩味と甘味が混ざった不思議な味は、すいかというより指を舐.めた時のようだ……時間がいつもより早く過ぎていく錯覚……
「僕も好きだよ」
 離れた唇と頬に風が浸透した。動けずにいる俺を余所に、あの時と同じように、郁斗は中くらいに笑って走り出す。
 俺も走る。郁斗が近づくと共に、あの頃へと戻っていく。まだ幼かった、あの夏に。だんだんと暑くなってきた。
 カラリとひとつ、風鈴が鳴った。

/残響

10 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:13:23] 削除依頼

※ホラー要素を含みます。ご注意ください。

   ***

 街灯に照らされた路地を、俺は歩いている。冷気が俺の手をポケットの上から刺す。あまり冷え込まないでしょう、なんて天気予報では言っていたが、全く当てにならないものだ。辺りはすっかり寝静まっている。時計を見ると、もう終電の時刻をとうに過ぎていた。そういえば会社で残業をしていたんだっけか。そして……それから何があったっけな。
 というか、ここは何処だろう。見覚えは無い。もしや迷ったか、と思ったが、そもそもなんで俺がここにきたかすら覚えていない。
 さっきから歩き続けた俺の腹が、いよいよ悲鳴を上げた。何処かやってないかな。いやいやこの時間だ、やっている店なんかないだろう。コンビニで何か買って帰る方が賢明か……などと考えながら角を曲がってみると、一軒だけ明かりがついている家がある。よく見ると、ドアには「開店」の文字と、店名が刻まれた木製の看板があった。

『鍋屋』

 シンプルな名前だ。しかし、鍋という文字に、無意識のうちに脳が反応してしまう。この寒い夜、鍋は是非とも食べたい料理だ。
 ガラガラと調子の悪い扉を開けると、案の定店内はガランとしていて、客は俺一人のようだった。調理場には年老いた老婆がいる。なるほど、長くやっている店というわけか。それならこの古臭い店構えにも納得がいく。
 取り敢えず、席に座る。しかし、メニューがない。壁にも何も貼られていない。これじゃ何も頼めないではないか。

「あの、すいません」
「……はい、今作ってるので、少々お待ち下さい」
「あ、いやメニューは」
「……うちは一品しかないんですよ、すいませんね」
「あ、そういうことですか」
 でも、それなら入り口にそう書いておけばいいのではないか。何も説明が無かったら、初めてくる客は困るだろう。

11 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:17:20] 削除依頼

「……お待たせしました」
「あ、どうも」
 数分待つと、調理場から老婆が土鍋を運んできた。なかなか力があるな、と思いつつ蓋を開けると、中は野菜で覆われていた。一人分にしては多い。それに、値段も聞いてなかった。まあ、鍋が出てきた今となっては後の祭りだが……。
「いただきます」
 箸で具材を取る。野菜が多いのは上の方で、下には何やら肉らしき物が入っている。上の方で浮いている物を、箸で掴み取る。白くて小さい。細長くて、節がある。まるで……。
(蛆、みたいな……)
 そう思うと、もうそうにしか見えなくなってきた。
 これは、蛆……。
 見ると、無数のそれらがプカプカと浮いている。それに混じって、黒い物も浮いている。よく見ると、細い棒状のものが6つついている。その、見覚えのある形の生物が、くるくると水面で回転している。
(ゴ、ゴキ……ブ……)
 ギョッとして立ち上がる。なんだこの鍋は。無茶苦茶だ。虫ばかりだ!!誰がこんなものを食うってんだ!!!
 立ち上がった勢いで、箸が鍋の中に落ちる。鍋の淵に箸が立てかかり、それに合わせて黒い物が浮いてくる。恐る恐る掬い上げると、その細く黒い物体が無数に出てきた。そして、それに付いている肉、2つ埋め込まれた白い球体。
「ひっ……人、の……あっ、頭……」
 手が震え、歯がガチガチとなる。右の目玉が落ちて、鍋の中で浮かぶ。それがくるりと回って、俺を見る。
「あ……ああ……あ……」
 なんだこれは。気味が悪い。あのババァは何者だ。何の目的で、こんなものを……。
「それ、あんたの前の客だよ」
「……え……」
「そろそろ、次の客に出す鍋の準備をしないとねえ」
「そ……それ……って……」
 後ろを向くと、包丁を持った老婆が――


「あんたの肉、旨そうだねえ」


「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

12 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:18:09] 削除依頼

「……くさん」
「っ!」
「お客さん、もう終点ですよ」
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
 夢、か……。
 気持ち悪い夢だった。思い出しただけで、吐き気がする。
「す、すいません、すぐ出ます!」
「次の電車で終電だから、急ぎなよ」
「あ、はい、分かりました、ありがとうございます」
 ホームに降りると、やっと悪夢から解放された気がした。次の電車で、降りるべき駅に降りよう。そうすれば、後はいつもの道だ、何も怖くない。
 反対車線の電車に乗る。もう絶対に寝ないように、席は空いていたが立つことにした。吊革に捕まり、窓の外を飛ぶ景色を暫くぼーっと眺めていた。
「次はー、終点、東河手ー、東河手です。お出口は……」
「えっ、終点!?」
 車内の掲示板を見ると、確かに俺の降りる河手駅の一つ前の、東河手駅が終点になっている。そういえば、この電車は東河手駅終点と、その先の小社駅終点の2種類があるんだっけ。
 そうこうしているうちに、終点に着いてしまった。改札を抜けると、辺りはすっかり寒くなっていた。天気予報なんて当てにならないな。
 残念ながら、タクシーも見当たらない。どうしようかと悩んだ末に、俺は徒歩という選択肢を選んだ。
 しかし、俺は極度の方向音痴であり、その事を思い出したのは、見た事もない路地で迷ってしまった時だった。
 こうなるなら素直にタクシー乗り場でタクシーを待てば良かったと後悔しつつ、適当に進む。それを繰り返していたら、ついに俺の腹が悲鳴を上げた。まるでデジャブの様だ。もう帰りたい。
 そんな事を考えつつ、角を曲がってみる。そこにあったのは、古い木の看板だった。

『鍋屋』

/鍋

13 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:19:10] 削除依頼

 3月13日。
 まだまだ春には早すぎるが、なんだか一足先に春を先取りした気分だ。そうは言ってもまだ部屋は寒く、ずれていた毛布をもう一度かぶる。
 今日は卒業式とあって、起きたらLINEのクラスのグループの通知が凄いことになっていた。それらを一つ一つ眺めて、ふぅ、と溜息をつく。枕もとの目覚まし時計に目をやると、卒業式も中盤という時間だった。
『いま起きた。もうこんな時間かよ』
 誰も見てないだろうけど、何となく送信してみる。既読はつかない。そのくらいわかってた。

 最後の日くらい学校行ってもよかったかな、なんてほんの少し思う。


「志田、お前前髪長すぎだぞ」
 入学してすぐ、担任の山ノ井に言われた。ゴリラみたいな顔だった。答えるのも面倒で、来週までに切ると言っておいた。
 まだ今に比べれば真面目だった俺は、週末にちゃんと床屋に行ってから登校した。クソ、あのゴリラきっと俺のこと目をつけてんだ。言われたことはやってきたのにどうもムシャクシャしていると、向こうから山ノ井が歩いてきた。俺に気づいて少し怪訝な顔をする。
「志田、お前」
「あ、俺週末にちゃんと」
「髪切って来いって言っただろ」

 ……は?
 予想外の返答に思考が一瞬飛ぶ。いや、ちゃんと切ってきたし、ふざけんなし。慌てて言い返そうとした時には、すでに山ノ井の目は他の生徒に向いていた。
「お、有沙はちゃんと切ってきたな」
「えへへ、そうですよ」
「いやー、さすが学級委員だ」
 高次か……小学校が一緒で、きっかけは忘れたけどなぜかよく話してた。
 うわ、山ノ井の奴、俺の時とは別人レベルでニコニコしてやがる。しかも名前呼びかよ。エロゴリラじゃん……そろそろ本格的に腹が立ってきたが、山ノ井は高次と話し終わると俺を睨んで教室に入り、ホームルームを始めてしまった。もう何を言っても無駄だと思い、仕方なく席に座ると、待ってましたとばかりに高次がイスに滑り込む。
「航真も前髪?」
「そうだけど。ってかお前、学級委員が頭髪検査ひっかかるってどうなんだよ」
「えー、まだ一回だし。オーケーもらったしいいでしょ」
「ってか俺も切ったんだけど。あのゴリラどこに目ついてんだよ」
「あはは。でもゴリラ先生すぐ騙されるよね〜」
 騙される、という言葉が妙にひっかかって横をみる。高次の横顔、その耳のあたりに、金曜はなかったはずのピン留めがあった。
「……お前、もしかして」
「ん? あー、うん、切ってないよ。ピンで留めただけ。あ、これ内緒ね」
 やっぱりかあのエロゴリラ!
 もう怒りというより、ただ呆れていた。こんなやつの授業受けてるのが馬鹿馬鹿しくなって、いつしか俺は授業を妨害するようになっていた。今にして思えば短絡的だけど、結局その時しなくてもどっかのタイミングでこうなってたと思う。そのまま、今日まで俺は散々暴れまくった。いまさら学校に行く気にもなれない。入学当初は散々くだらないことを喋ってた友達も失い、とっくの昔に、学校は俺の居場所ではなくなっていた。あんなクソ教師の言うことをおとなしく聞けるほど、俺は素直じゃない。

14 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:20:06] 削除依頼

 どうやら卒業式も終わったらしく、次々とLINEに書き込みがされている。友達と違う高校で寂しいとか、黒板のメッセージが凄かったとか、今までありがとうとか、俺からしたら内容の薄いメッセージばかりだった。話は殆ど自然な流れで、打ち上げの話になった。どうやら午後からやるらしい。ほとんど全員が参加するようだが、俺には関係ない話だ。そもそも午後から二部と呼ばれる、午前中に参加できなかった人に証書を渡す式もどきがあるのだそうだ。あれだけ目の敵にしてた割には、随分と親切な計らいだ。まあ、そういうところも嫌いだけど。
 みんなが私服に着替えているだろう頃に、俺は1人制服に着替え、程よく暖かい春空の下を歩く。二度と行きたくもなかった、腐った義務の砦へと。

 二部も卒業式と同じく体育館でやるらしい。薄暗く埃っぽい階段を、何となく音を立てないように登る。静かに強く踏みつけるように2階まで登り、渡り廊下を半分ほど進んだところで、つい足を止めてしまった。後輩たちが書いたであろう、花形に切り抜かれた画用紙に書かれた卒業祝いのメッセージが目に留まったからだ。しばらく眺める。一字一句、しっかりと理解できるまで、教科書に載っていた小説を読むように。
 すぐそばの曲がり角の先から声が聞こえた。山ノ井の声だ。地面を蹴って階段を駆け上る。一度はやってみたかった、廊下の全力ダッシュ。邪魔する人のいない廊下は、俺の足音を軽く響かせる。更に階段を登る。屋上の手前に、シャッターが下ろされていた。ようやく足が止まり、自分が逃げていたんだと妙に客観的に理解した。
 なんで逃げたんだろう? なんで逃げたんだろう? 今更どんな顔して会えばいいか分からないから、自責の念に駆られたから、ただ怖かったから――理由はいくつでも思いつくけれど、理由なんてなかったんだという答えが、ストンとうまい具合にはまった。
 くそ、あんなの読まなきゃよかった。後輩たちからの卒業おめでとうが、こぞって自分がダメなことを責め立てていた。俺はダメだ。俺はダメだ。結局俺は何だったんだろう? 何がしたかったんだろう? もうよくわからなくなった頭でシャッターとにらめっこする。次第に、掃除されてないが故の埃っぽさが気になってきて、堪らずに階段を降りた。携帯で確認するともう二部が始まっている時間だったが、体育館には行きづらくなって、俺はなんとなく教室に向かった。白い扉を開けて中に入る。電気をつけると、ずいぶんと簡素になった教室があった。いつもはごちゃごちゃしたロッカーも見事に空間を仕切っている。いつもそこそこ汚れている黒板が、濃い緑一色だった。そりゃ黒板は普通緑だけど、だいぶ強い筆圧で書いたのだろう、よく見るとチョークの跡が残っていた。


 卒 業 お め で と う


 誰かが言ってた、黒板のメッセージが凄かったと。


 ああ、そういうことか。
 たぶん、さっきまでは、みんなが思い思いに黒板を綺麗に汚していたんだろうな。


 さっきまでは。

 今は、もうない。


 なにも、ない。


 声も、

 音も、


 顔も、


 掲示物も、


 ポスターも、


 思い出も、


 楽しかったことも、


 嬉しさも、


 寂しさも、


 なにも、


 ない。


 ……黒板を写メして、タイムラインに載せる。
 ほんの些細な皮肉のつもりだった。

『黒板の文字、見えなかったよ』

15 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:23:31] 削除依頼

 泣くわけでもなく、ただ泣きそうになりながら、しばらくの間よくわからない感情を何処に置いていいものか分からず、もう俺のものではなくなった俺のイスに座って、さっきのタイムラインについた、誰だかわからない奴からのスタンプを傍観していた。どれくらいの時間そうしていただろう。随分と長かったはずだ。気の短い俺にしてはよく何もせずにいられたなと、秘められた忍耐力に感心する。それでも、頭の中がほぼ逝きかけてたせいで、俺の耳は使い物にならなくなっていたらしい。教室のすぐそばまで駆けてきたそいつに、気付けなかったのだから。

 扉の開く音に、一瞬ビクッとなり、バッと振り向く。えーと、何してたんだっけ。ぼーっとしてて、ドアが開いて、今学校で――
 思考が目からの情報に遅れたせいでぐちゃぐちゃになってしまったが、ドアの前で息を切らして立つ姿が高次のものであることは、結構速い段階で分かっていたように思う。
「航真……!」
「え、なんでいるの」
「それはこっちのセリフよ! 卒業式来なかった、くせに……はぁ……そんなの……はぁ……そんなの……」
 息が上がってしまっていて、言葉が続かない。先に言え、と目で訴えてくる。
「いや、俺も出ようとしてたんだよ、卒業式。でも山ノ井が、お前は出るなって。どうせ迷惑かけるだけなんだし、やめとけって」
「なに、それ……!」
「さすがに抗議したよ、でも俺みたいなのは二部に出るのが決まりなんだって。まあ二部も出てないけど」
「……」
 2人とも黙り込んでしまった。相手の出方を待つわけでもない、言いたいことがわからないわけでもない、ただ、すべて言い尽くしただけだ。そのうちぽつり、ぽつり、と息の整った高次が言葉を繋げた。
「じゃあ、卒業証書ももらってないんだ」
「まあ、うん」
「……いらないの? せっかく最後なのに」
 いらないの?
 イラナイノ?
「うん、別に」
 俺がもらって、なんになるの?
「そんなんもらったって、卒業できるわけじゃないし」
「……それ、どういうことよ」
 少し間を空けて、絞り出すように高次が言う。俺の言い方が悪かったのだろうか、今の高次は、怒ってるときのそれだった。こいつは怒ると手が付けられなくなることを、俺は知っている。怒らせない答えを考える。
「俺はただ、みんなと卒業したかったなって」
 自然と出てきたそれは、自分でも驚くようなものだった。
 なんだよ、みんなとって。
「二部で証書だけはいどうぞって渡されても、形だけ卒業したみたいで、面倒だからさっさとどっか行ってくれって言われてるみたいじゃん?」
「……」
「……だったら、そんな証書はいらない」
 そんなんだから、俺はきっと、ずっと、卒業できない。
 ふぅ、と一息ついて、高次は教室内を見渡した。そういえば高次は私服だ。上履きもはいてない。多分打ち上げに行ってたんだろうなと考えているうちに、高次の視線が黒板で留まっていることに気付いた。
「……アレ、そういうことだったんだ」
「アレ?」
「ほら、タイムラインの」
「ああ」
 唯一俺の投稿にスタンプをくれたあいつは、高次だったんだ。
「確かに、もう消されちゃってるもんね」
「ちょっと残ってるけどな。卒業おめでとうって。うっすら」
「……じゃあ、私からも」
 黒板の方を向いていた高次が向き直る。もうおさまったかと思っていたけど、やっぱりまだ怒っている顔だった。
「あんたは馬鹿だ」
「んだよ、そのくらいわかってるし」
「みんなと卒業したかったんなら、なんで午前中に来なかったのよ。来るなって言われても来ればよかったじゃない。なのに、午後になっていまさら来ちゃってさ。一人であーだこーだって、そういうのって」
 一気に捲し立てて、少し間をおいて、また話す。

「ズルい」

16 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:24:02] 削除依頼

 目を疑った。
 高次が、半泣きになっていた。
 今までそんな姿、一回も見てないのに。
 唖然とする俺を余所に、高次は目を伏せたまま駆け足で教卓に向かい、中からプリントを取り出す。せっかく整理整頓された棚を乱雑にかき分け、マジックを取り出す。そして、プリントの裏に何かを書き始めた。ピンをしていないせいで垂れた長い前髪が、顔を隠している。
 なにしてるんだよ、と声をかけようとしたのと同時に、高次が顔を上げる。教卓の前で、震えた声を張り上げた。
「卒業証書、授与」
「……は?」
「いいから! せっかく打ち上げ抜け出してきたんだから、何かしないと」
「でも、証書って」
「いいから!」
 まだ怒っている目。それに、本気の目。それを見てるうちに、結局俺は教卓の前にたどり着いた。行かないわけにはいかない空気だった。随分と単純な俺である。
「卒業証書、3年3組、志田航真。あなたは、3年間の中学校生活を終え、卒業することをここに証する。3年3組代表、高次有沙」
 そう言って、俺の前に、馬鹿みたいに薄い卒業証書が差し出された。
「先生は知らないけど、私は航真に卒業してほしい。こんなんだけど、私からの証書。これくらいしかできないし」
 卒業証書。証の字が、少しだけ大きく書かれてるように見えた。
「……っはは」
 反応に困って高次を見ると、相変わらずの半泣きでずいぶんと恥ずかしそうで、しょうがないから笑ってやった。笑うなよ、と高次は不貞腐れる。
「分かった私が馬鹿だった! 今のなし!」
 そう言って証書を引っ込めようとするが、それよりも早く俺の左手が証書を掴んでいた。次に右手。下がる時は、右足、左足。証書を掲げて、礼。完璧。

「……ありがとうございました!」

 涙目なんて、キャラじゃない。顔を上げるのをためらっていると、教卓の向こうから、卒業おめでとう、と怒ってないいつもの高次の声がした。

/卒業証書、授与。

17 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:24:39] 削除依頼

 大きなチキンが、熱い鉄板の上に乗せられて、僕の前に運ばれてきた。6種類のソースの中から僕が選んだのは、ハニーマスタードと和風ソース。だが、さすがに肉だけでは地味すぎる。定番の付け合せと言ったら、やはりポテトだ。それに、彩の為であるインゲン。そして、ひときわ主張する、絵の具で丁寧に色を塗ったようなにんじん。グラッセになっているのだろう、フォークを立てると、柔らかく、すっと気持ちよく刺さった。小さく切って口に含むと、にんじんの甘い香りが弾ける。
 にんじんのグラッセ。脇役にしてしまうには、あまりに勿体無い料理――

18 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:25:39] 削除依頼

「うおー、うまそー!」
 フタを開けると蒸気の幕が引いて、美味しそうに焼けたハンバーグが顔を見せた。その姿に、思わず同じ班の男子が歓声をあげる。4時限目、お腹の空いてる僕たちにとって、それはご馳走に他ならない。
 僕の通っていた中学校の家庭科室では、その日、調理実習が行われていた。
「うん。青葉って意外と料理うまいんだな」
「だろ? 俺食ってばっかじゃねぇから」
 そう言って青葉は得意気に笑う。普段から給食は真っ先におかわりに行く大食漢ぶりだ。一方の僕は小食な方で、食べきれないおかずを青葉に食べてもらうのは、日常茶飯事になっていた。
「グラッセの方もできた?」
「うん、一応……」
 隣でにんじんを煮ていた愛夏が、少し自信なさげに言う。
 今日の授業では、ハンバーグとにんじんのグラッセを作る。僕たちの班は相談して、男子2人がハンバーグを、女子2人がグラッセを作ることしたのだ。
「ねー、早く盛り付けようよ。私お腹すいた」
「玲奈、お前……なんかやってた?」
「やってたわよ! 青葉だって『料理できるぜ!』みたいなフリして教科書見てばっかだったじゃない」
「いやいや、全然見てなかったし。マジで」
 どこで張り合ってんだよ。
「あー……もう盛り付けていいかな?」
「うん、じゃあ先にハンバーグお願い」
「っしゃ、任せろ」
 一通り言い合いを終えた青葉が威勢良く答え、皿にハンバーグを盛り付けていく。一番大きいのは、もちろん青葉のだ。
 ソースをかけて、グラッセを添える。あっという間に、贅沢な昼食ができた。
「うぉぉ……びっくりドンキーみてぇ」
 確かに、店で出てくる感じだ。やっぱりにんじんのグラッセがあるからだろうか?
「それじゃ、先生呼ぶね」
 出来上がった班から、先生を呼んで、いただきますをするのだ。まだ途中の他の班が早速見に来ている。
「お、ここの班美味しそうねぇ。先生も食べたいな」
「食べてもいいんすよ? あ、俺のはダメですけど」
「ううん、自分たちで作ったんだから、自分たちで食べなさい。それじゃ、いただきます」
 言い終わらないうちに、青葉は一口目を食べていた。僕もナイフで切ってみると、中から肉汁が溢れてくる。あんまりにも美味しそうで――というか実際美味しかったから――あっという間に半分食べてしまった。
 さて、ここにきて一つ問題がある。ハンバーグは好きだから問題なく食べられるのだが、にんじんはというと、少し嫌いなのだ。しかし、ハンバーグは減っているのにグラッセには手をつけないというのも、せっかく一生懸命作ってくれた女子に失礼だ。背に腹はかえられぬ。そっとにんじんにフォークを突き刺した僕に、愛夏が言った。
「あ、グラッセなんだけど、その……ちょっと失敗しちゃったかも」
 詰んだ。
「なんか甘くなりすぎちゃって……美味しくなかったら、ごめん」
「いや、全然美味しかったぞ?」
「うん、美味しかった」
 ……うーん、愛夏と青葉と玲奈、誰を信じればいいんだ。
 でも2対1だし、きっと……きっと美味しい方に賭ける!
 思い切って口の中に放り込む……つもりだったのだが、いざやるとなると躊躇ってしまって、一口の半分くらいしか食べられなかった。
「……あれ」
 それでも、はっきりとわかる。今まで苦手だったはずのにんじんの香りが、全然嫌じゃない。苦味の代わりに上品な甘みがする。僅かなにんじんは、口の中ですぐに溶けてしまった。すぐにもう一口食べる。さっきよりも、だいぶ大きな一口。
「いや、うめぇよこれ。すげー美味しい!」
「ほんと!?」
 僕の一言に、愛夏が目を輝かせる。
「よかったぁ……」
 どうやら随分心配していたようだ。甘過ぎると言っていたが、にんじん嫌いの僕にはちょうどいい甘さだった。

19 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:26:07] 削除依頼

 あの時と同じ、甘いにんじんの味に舌鼓を打つ。にんじんは、今は大好きだ。やっぱり、ただの彩りのための脇役だなんて、勿体無い。
 向かいの席を見ると、日替わり定食を食べていた愛夏と目が合う。
「ん、どうしたの?」
「いや、別に」
「えー気になる!」
「うーん、内緒だな」
 そう言って僕は、もう一口グラッセを食べた。

/にんじんのグラッセ

20 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:29:39] 削除依頼

※ホラー要素を含みます。ご注意ください。

   ***

 だいじにつかったおもちゃには、つかったひとの“たましい”が、やどるって。
 そう、ママがいってました。

「うそつけぇ、そんなの、ないよぅ」
 ぼくはそんなの、ぜんぜんしんじない。
 だって、おもちゃはおもちゃ、ただのものだよ?
「ほんとよ。だから、たいせつにつかいなさい」
「うん」
 うんっていえば、ママはおもちゃをわたしてくれるから、ぼくはそういう。
 ママがくれたのは、さっきおもちゃやさんでかった、ちいさなこま。おみせでずぅっとあそんでたら、ママがふくろにはいったのをかってくれた。
「いそがなきゃ」
 ぼくのおへやであそぼう。
 かいだんをのぼって、おへやにいく。
 ゆかにねそべってこまをまわすと、いろがぐるぐるしてきれいだった。
「きれいだね」
 びっくりした。だって、いきなりこえがしたんだもん。
 ぼくのまえで、おんなのこが、こまをみていた。
「だれだよぅ」
「こま」
「なまえは?」
「こま」
「こまちゃん」
「うん」
 こまちゃん。どこからきたんだろう。
「あっ」
 こまがとまった。そしたらこまちゃんもきえた。
「こまちゃん?」
 ゆめみたい。
 もういっかいこまをまわしたら、またこまちゃんがでてきた。
「こまがとまったら、きえちゃうの?」
「うん」
 ふしぎなこだ。
「むかしね、わたしもこのこまであそんでた。でも、おおきくなったわたしが、ばいばいしたの」
「……わかんない」
「わたし、ずっととじこめられてた。こまのなかに」
 なんだか、よくわからない。こまちゃんと、おおきくなったこまちゃんは、べつのひとみたいだ。
「たましいなの?」
「なぁに」
「ママがね、だいじなおもちゃには“たましい”がやどるって。こまちゃんもたましい?」
 こまちゃんは、ちょっとくびをかたむける。
「たぶんね」
「そっか」
 また、こまちゃんがきえた。ほんとに、たましいらしい。

21 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:31:11] 削除依頼

 それから、こまちゃんとはともだちになった。でも、こまがまわってるときしか、でてこない。ちょっとたいへん。
「かいだんであそぼう」
「うん」
 きょうはかいだんであそぶ。いちばんうえのだんで、こまをまわす。こまがひとつしたにおちると、こまちゃんもひとつしたにさがる。おもしろい。
「おもしろいねぇ」
「おもしろいねぇ」
 こまちゃんはにこにこしてる。もっといっぱいまわそうとして、ちからをいれる。
「あっ」
 こまがとんだ。つよすぎた。

 いちだん、にだん、さんだん。

 こまが、とんとん、おちる。

 こまちゃんも、とんとん、おちる。

 ころん、

         ころん。

 ごろん、

         ごろん。

 ことん。

         ごとん。

 あわててしたにおりる。
 こまのぼうがとれた。

 こまちゃんの、てあしも、おれた。

「ごめん」

 ごめん。

「ごめん」

 いたいよ。

「ごめん」

 こまをだきしめる。

「ごめん」

 あったかい。

「ごめん」

 だいじな、
 おもちゃが、
 こわれた。

「ごめん」

 こまちゃんがないた。
 ぼくもないた。


「うわあああああああああああああああああああああああ」

22 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:31:44] 削除依頼

「あれっ」
 かいだんがたかい。
「いるの?」
「こまちゃん?」
「うん」
 こまちゃんのこえだ。
「ごめんね」
「もうだいじょうぶだよ」
「ねぇ、どこにいるの?」
「こまのなか」
「さっきの?」
「うん」
 ぼくの、だいじなこま。
「たましいになったの?」
「うん。だから、ずっといっしょ」
「そっか」
 ぼくたちの“たましい”は、いっしょになった。

 ぼくのとれた“てあし”がおちていた。こまちゃんのでもある。
 おとこのこが、それをひろった。
「ぼくだ」
 ぼくたちのてあしをもった、ぼくがのぞいている。
 おかあさんもきた。

「どうしたの?」
「こまが壊れた」
「すぐ直せるわよ?」
「いいよ、もう。壊れちゃったし、いらないよ」
「でも、大事にしてたじゃない」
「いらないって。なんか飽きちゃったし、捨てちゃおう」

/ぼくのだいじなこま

23 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:32:22] 削除依頼

「ねぇ、今日がなんの日か覚えてる?」
 夕飯を食べ終わって、一緒にコーヒーをすすっている彼に私が問うと、彼はとぼけた顔をした。言葉にされなくとも、なんのこと? と言われているのがわかってしまって、私は少しムッとする。確か、去年も――いや、4年前のこの日から毎年、ささやかに祝ってきた記念日なのに。
「付き合った記念日でしょ?」
 なかなか思い出せないという風なその姿に、ついに我慢できなくなって私が教えると、彼は少し笑って、嘘だよ、覚えてる、と言う。
「本当に?」
「本当。だって毎年祝ってるじゃん」
「なぁんだ、じゃあからかってただけか」
 途端に力が抜けて、コーヒーカップを包み込んだ手が、さっきよりも温もりを感じた。もう随分寒くなってきた。コーヒーは彼が大好きだから、少し苦手だったけど無理して飲む練習をして、今はミルクを入れれば美味しく飲めるようになった。
「うん。ちゃんとプレゼントも用意してあるんだよ」
 予想外の返事に、少し戸惑ってしまう。1年目の時から去年まで、一度もこの日にプレゼントを貰うことはなかったからだ。もともとそういうサプライズがお互い得意じゃなくて、2人で思い出して話すだけでも満足できた。だから、形あるものを貰うのは珍しい。
「今日は、付き合い始めた記念日でしょ?」
「……うん」
「でももう一つ、俺は今日を、違う記念日にもしようと思ってる」
 そして彼は、私に小さな箱をくれた。彼の飲んでいたコーヒーの澄んだ色に似た、黒い小箱。その中に、まるで夜空に光る一等星みたいに、銀の指輪があった。

「結婚しよう」


/11/22

24 小山望  [id : ZEY5fwN1] [2015-11-22(日) 19:50:28] 削除依頼

>>3-5
『サブレ』
せっかくだから処女作を載せようと思ったんですけど、酷い出来だったんでやめました。このスレッドの中では一番昔に書いた話です。最初は企画で書いたものを、リメイクしました。

>>3-9
『残響』(BL)
初めてのBLです。書いたのは去年の夏。だんだん自分の小説の癖がわかってきた頃に書きました。目標は「BLが苦手な人でも読めるBL」。続編も書きます。多分。

>>3-12
『鍋』(ホラー)
自分でもだいぶ気持ち悪い出来になったと思ってます。本当は老婆の最後のセリフ前に20行くらい行を空ける演出だったんですが、キャスフィだと規制がかかって2行に収まってしまうんですよね……これからホラーを書くときはその辺も考慮して書きたい。

>>3-16
『卒業証書、授与。』
卒業式に合わせて書きました。元ネタは担任の先生が話してくれた、昔の教え子。小説内ではクソ教師役になってますけど、実際は尊敬する大好きな先生でした。

>>3-19
『にんじんのグラッセ』
自分は結構実話を昇華して小説にしたりするんですが、これもその類です。レストランでチキンを食べた時ににんじんのグラッセがついてたんで、それを見て思い出して書きました。オチはなんか適当につけただけですので、実際の僕はぼっちです。

>>3-22
『ぼくのだいじなこま』(ホラー)
昔から書いてみたかった、童話的な怖さをテーマにしました。世にも奇妙な物語に出てきそうな、NHKのみんなのうたのたまにある何故か怖い歌みたいな、そんな感じを目指しました。

>>3
『11/22』
そしてこれが最新作です。もちろん11/22の別名のアレをテーマにしました。最近はテレビをつけると芸能人カップルが家では毎日キスするだの一緒にお風呂入るだの言ってますが、正直憧れます。


と、ここまで7編を投稿し終えました。ここからは書いたら載せ書いたら載せしていきますので、更に糞クオリティのものも出てきます、ご了承ください。

25 雪芽。  [id : P2r5nwS.] [2015-11-22(日) 22:53:52] 削除依頼


新スレ、おめでとうございます( ̄∇ ̄ノノ"パチパチパチ!!
私が好きな、「サブレ」と「卒業証書、授与。」が再投稿されていて嬉しい限りです。

これからも影ながらひっそりとファンでいさせて頂きます。
時々コメントさせて頂きます(。_。*)

応援しています。

スレ汚し失礼致しました!!

26 小山望  [id : nWyMaw/.] [2015-11-23(月) 19:15:31] 削除依頼

>>25
いえいえ!雪芽。さんの応援いつも嬉しいです、ありがとうございます!

27 小山望  [id : wWc6Ja21] [2015-12-08(火) 16:30:33] 削除依頼

意味が分かると怖い話


 これ昨日……今日? の事なんだけど、早く話しときたいから今話すわ。

 昨日寝たのが12時過ぎたくらいで、まぁ結構熟睡してたんだよ。そしたら――3時だったな、急に

♪テレレテレレテレレテレレ〜ン

 ってLINEの電話が鳴り出したからその音で起きた。
 こんな夜中に電話してくるとか誰だよ! って思ってさ。本当寝起きですんごい寝ぼけてたし、イライラしてた。
 だけど、2、3回音がループしたあたりで……なんか違和感っていうのかな、胸騒ぎっていうか。すごく不安になったんだよ。そん時はなんでそんな風に思ったんだろって不思議だったんだけど、なんか画面見るのが怖くて。電源入れた時とかもう、ただのいつも通りのホーム画面なのにすげぇ怖くて。

 んで、ロック解除してLINEの画面が開くわけじゃん。その時ようやく、なんでこんな違和感を感じてたのかがわかった。

♪テレレテレレテレレテレレ〜ン

28 小山望  [id : 091LTh2/] [2016-01-09(土) 03:29:18] 削除依頼

 定期的に鬱になるとかそんなのは、全部嘘だとわたしは思う。だって、定期的って「一定の期間をおいて物事が行われること」でしょ? 鬱はそんなに律儀なものじゃない――Twitterで知らない人のアカウントを見ながら思う。何よ「かまってあげてください。喜びます」って。馬鹿みたい。そりゃ、わたしだって誰かと一緒にいたいし、できることなら好きな人と……なんて思うけれど、それをわざわざ口にするなんて、はしたないじゃない。
 ……こんなことを考えてるのも、全部今日が悪い。毎週金曜日の午後6時。もしくはその数分前後、わたしはいつだってこんな気分になる。わたしのところにだけは、鬱さんは定期的に来るのかしら。随分と気まぐれね。

 そろそろ家を出なきゃ間に合わない。筆箱も入れた、教材も入れた。あとは自転車で5分足らずの世界一長い道を進むだけで、あっという間に気分は最悪になる。
「……だから塾なんて行きたくないの」
 ガラス戸を開いて自分の教室に入ってしまったら、もう耐えるしかない。さっきの言葉は訂正しよう、わたしの鬱は定期的だ。

「なぁ、宿題やってきた? 俺あと2ページ残っててさ、だから頼む! すぐ返すから!」
 ほら、そんな風に頼まれちゃ、見せてあげるしかないじゃない。学校も違うただの塾の知り合い、だけど好きになったあなたと一緒にいられるこの場所では、わたしの心は痛くて苦しいの。だから辛くなってしまうの。

 嗚呼、今日も、あなたのことを考えてる。どんな顔すればいいっていうの。

/定期的な鬱

29 小山望  [id : 091LTh2/] [2016-01-09(土) 03:30:12] 削除依頼

>28
『定期的な鬱』
ただの思いつき。定期的な鬱とは何かと考えたら、こうなりました。

30 北の国から  [id : Kamsn6w.] [2016-01-31(日) 02:23:13] 削除依頼

(((キタコレです)))

おひさしぶりです。
なんとなく遊びに来たらたまたま見かけたので、思わずこちらで声をかけちゃいました。
わたしが前に書いてた短編スレは流れてしまったようなので(さすがにね!)、重い腰をあげてこっちで何か書こうかとスレッド立てて……ません!

お返事はいりません。執筆頑張ってください。わたしは地中からこっそり見てます……

31 小山望  [id : gIonyPc0] [2016-02-08(月) 00:16:15] 削除依頼

>30
ぬああああああキタコレさんじゃないすか!名前見て叫びましたわ!!!

ちゃんとブックマークしてるんで、期待を込めてキタコレさんのスレもあげ……ます!
ちょっと期待したじゃないですかwww
思えばキャスフィでキタコレさんと心霊部の仲間たちに出会ってから3年が経つんですね。キャスフィでの連載時は更新されてるかどうか、胸を高鳴らせて……気づけばキタコレさん(の書く小説)のことばかり考えていた。
まさかこれが……恋(((((

のんびりとやっていきます。また地中にもお邪魔しますね。

32 小山望  [id : gIonyPc0] [2016-02-08(月) 00:39:14] 削除依頼

 太陽の光を吸ったアスファルトを、思いきり蹴り、走って帰る。
「ただいまぁーっ!」
 それだけ言って、ランドセルを家の中に放りなげる。
「いってきまぁーす!」
「ちょっとミキト! どこ行くの!?」
「ともだちんち!」
 しまりかけたドアにむかって叫ぶ。たぶん、お母さんは呆れてると思うけど、気にしない。それよりも、早くみんなのところへ行かなきゃいけない。

「あ、ミキトくんきたー」
「はやくはやく! いまからかくれんぼするから!」
「うん!」
「じゃあ、昨日さいごにつかまった、リョウちゃんがオニね」
 最近よく遊びにくるジンくんの家は、むかしの家みたいだ。にほんかおくって言うらしい。
 今日も、ジンくん、リョウちゃん、トウマくん、ニイナちゃんがいる。いつものなかまだ。ジンくんの家は広いから、かくれんぼにはもってこいだ。
「さーんじゅっ、にじゅーきゅっ……」
 リョウちゃんが目をつぶって数えはじめると、ぼくたちはかくれる所をさがす。ぼくは迷って、それから道路が見える部屋の、おしいれの中にかくれることにした。
「よいしょっ」
 体育座りになって、とびらをしめる。とたんにぼくのまわりは、まっ暗になった。なんだか水に沈んだような気分になって、ぼくも目をつぶる。
「もーいーかーい!」
 リョウちゃんの声がする。とても遠くの方からきこえてるみたい。
「もーいーよー!」
 目はとじたまま。ジンくん、トウマくん、ニイナちゃんの声もきこえた。おしいれのふすまのせいで、こもってきこえる。
「どこかなー」
 ぺたぺた、足音がする。リョウちゃんがさがしに来ている。
「さっき、ミキトくんの声、こっちからきこえた」
 声は、どんどん近づいてくる。ぼくはもっと深くに、おぼれていく。
 深く、ふかく――

「きみ、どうしたんだい?」
 知らない声に顔を上げると、おじさんがぼくを見ていた。ジンくんの家はなくなって、黒くこげた、柱の跡だけになっている。
「ひとりなの?」
「ううん、ともだちといっしょ」
「そっか。暗くなると危ないからね、早くみんなと一緒になるんだよ」
「ねぇ、ここの家は?」
 おじさんは上を見上げる。天井じゃなくて、空だ。
「数年前に火事があってなぁ。きみくらいの子が4人、巻き込まれたんだと」
「そうなんだ」

 そのあと、おじさんはどこかへ行った。ぼくもそろそろ帰らなきゃ。焼け跡をまたいで道に出る。ふり返ると、やっぱり焼けてない大きな家の前で、みんなが手をふっていた。
「ばいばい」
 その顔は、なんだかさみしそうだった。

 ぼくには、4人のともだちがいる。

/カクレンぼ

33 小山望  [id : gIonyPc0] [2016-02-08(月) 00:43:16] 削除依頼

>32
『カクレンぼ』

 どうして僕はホラーを書くときはついついショ.タ及びロリを題材にしてしまうんでしょうか。
 と暫く考え、童話的な怖さを書きたいからだと思い当たりました。「みんなの○た」とか、たまに凄い怖いのあるじゃないですか。
 ……ん、この話何回目だ!?www

 ミキトくんを別の小説にも出したので、ここで公開。ミキト、ジン、リョウ、ニーナ、トウマ……察しのいい方なら、わかりますよね?

34 小山望  [id : ZZ2oYa1/] [2016-02-14(日) 21:53:35] 削除依頼

※BL要素を含みます。ご注意ください。

 節分を過ぎた頃から町中が、やけに浮き足立って思える。それは俺も同じで、どうせ何もないだろうと思いつつも、少しどこか期待している。
 2月14日。近所のスーパーやコンビニでチョコレートが大量に陳列されているのを見るたびに、頭の中にバレンタインの文字が浮かんで、妙に落ち着かなくなる。

 今年は日曜日ということで、わざわざ届けに来る人でもいない限りもらう機会はない。しかし、どうやら金曜日に貰った人もいるみたいで、そういう奴は憎たらしく自慢をして帰っていく。まあ俺を含む、大抵の奴がそう思っているんだろうけど。
「圭佑、貰えた?」
「見てわかんねぇのか……郁斗は」
「僕もぜーんぜん」
 家へと向かいながら、2人してぼやく。郁斗とは小学校の時からずっと同じ学校で、それはもう――これは確信を持って言えるけれど――お互いにとって、唯一無二の親友だった。だったのだ。昨年、中2の夏までは。
 今歩いているこの道で、俺はファーストキスをした。他でもない、郁斗と。なんでそんなことをしたのか、未だに
よくわからないけれど、その直後に郁斗からも唇を奪われ、結果的にお互い1回ずつキスをしたことになった。その後少し避けてしまった時もあったが、結局は2人で一緒にいることを選び、今に至る。付き合っている……というわけでもないが、親友だったあの頃とは、確実に何かが違う。友達以上恋人未満という、ありがちな関係に俺たちはある。そんな中でのバレンタインだ。去年は特に何もなかったし、今年も別に何もないだろう……けど――
「……もしかして、僕からもらえるかもーとか思ってた?」
「はぁ!?」
 思ってねぇよ、とは言えなかった。実際少し、思っていたから。
「……ほら、わざわざ俺のために無理に作ったり買ったりしなくても」
「そっかぁ」
 少し残念そうなトーンで呟く郁斗。もしかして、あげるつもりで聞いたんだろうか。だとしたら少し悪いことをしたが、生憎ストレートにどうなのか聞ける程の傲慢さは俺にはなくて、そのまま他愛のない話をしながらその日は別れた。

 そして日曜日になったわけだが……結論から言うと、やっぱり今年も変わらずだった。母親の愛のこもったチョコレートクッキーを齧りながら、LINEで郁斗にも聞いてみる。
「どうだ、誰か来たか?」
「こなかったよーw」
「だよなぁ……」
 もしかしたら何かあるかもとか思ってはいたが、そんなこともなかった。くそ、バレンタインなんて行事を作ったのは何処の誰だ。そんなにモテるモテないの格差をつけて楽しいか。いや、多分どっかのお菓子会社の戦略だったんだろうけど。
「明治のチョコ買って食べてるよ今」
「いいなぁ、俺にもくれ」
「圭佑んちは毎年お母さんが作ってくれるんでしょ?」
「そうだけどさ」
 手に付いたクッキーの粉を落としながら返信する。やっぱり好きな人から貰いたいんだよ、俺は。いや、好きな人今いないけどさ。いない……よな?
「いない……?」
 どうなんだろう。客観的に見たら、普通に俺は郁斗のことを好きなんだろうか。確かにそうじゃなきゃあのキスに理由はつけられないけれど……。
「なぁ、郁斗って好きなやついるの?」
 こんがらがった頭を整えるため、郁斗にも同じことを聞いてみる。
「いきなりどうしたのw」
「いや、なんとなく」
「うーん、いるよ」
 あっ、いるんだ。そうだよな、そりゃそうか。
 いや、もしかして「実は俺のことが好き」とかそういうことなんじゃ?
「……」
 考え過ぎ、か。
 別にあれ以降、自分から避けることはあったけれど、郁斗が俺を避けたことはなかった気がする。きっと、あれは夏の熱量が引き起こした悪戯なんだと、そう郁斗は思っているんだろう。
「そうかー。で、誰なん?」
「ばか、教えねーよww」
 結局、また他愛のない話でトークは流れてしまって、こんがらがった思考も、偏頭痛のようにいつしかすっぽりと頭から抜けてしまった。

35 小山望  [id : ZZ2oYa1/] [2016-02-14(日) 21:54:09] 削除依頼

 目が覚めると、もう2月15日だった。制服に着替えて、朝食を食べて、少しあったかくなってきた道路を歩く。俺が教室の扉を開く頃には、中はもう昼休みと大して変わらなくて、郁斗だけが何故か昨日の残り香のようにそわそわしていた。
「おはよ。どうしたんだ郁斗」
「ねぇ圭佑、チョコもらえた?」
「だから貰えてないって言ってんだろ……」
「よかったぁ」
 急にホッとする郁斗を見て、なんとなく察した。
「ははぁ、お前もやっぱり貰えなかったか」
「え? あ、いや」
 そう言ってカバンから郁斗が取り出したのは、どこからどう見ても、丁寧にラッピングされた手作りのお菓子だった。それも2つ。
「え、それ」
「うん。朝机の中に入ってた」
「おのれ許すまじ」
 頭をくしゃくしゃと弱く掻き乱すと、猫のように「やめろー!」とケラケラ笑う。
 廊下の方から視線を感じる。目を向けると、扉から明らかにこっちを見つめている女子が2人。くそぅ、あいつらか。心の中で舌打ちしながら椅子に座り、さりげなく机の中を確認するけれど、置き勉してる教科書しか見当たらない。
「はぁ……お前モテるんだな」
「みたいだね」
「うざっ」
「えー……」
 圧倒的な敗北感を感じながら背もたれに寄りかかる。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、じゃあなんでさっき『よかったぁ』なんだ?」
「あー、それね」
 そう言って郁斗はカバンをガサゴソと探る。すぐに、さっきとは別の、可愛いラッピングが出てきた。
「はい!」
「えっ」
 少し顔を赤くしながら、それを手渡す。俺に。
「その……僕からのバレンタイン……です」
「これ……郁斗が?」
「うん。圭佑貰ってないみたいだから、僕が独り占めできるなぁって……ごめんね?」
 おずおずとチョコを受け取る。そのまま郁斗を抱きしめたい衝動にかられる。
 だめだ。可愛い。愛しい。

 好きだ。

「ありがとう……」
「えへへ、どういたしまして!」
 普通に友チョコと思われているだろうか。それとも誰も気づいていないだろうか。変な噂が立たなければいいけど。
「嬉しいよ、郁斗の本命チョコ」
「あ、口に出されるとちょっと恥ずかしい……」
「……可愛いなお前」
「へっ!?」
 頬の紅さを隠しきれない郁斗の耳に、誰も見ていないのを周りを確認して、そっと呟く。
「ホワイトデー、空けとけよ」
 その瞬間、熱くなってく体温で、チョコすら溶けてしまいそうだった。

/溶けそうなほど

36 小山望  [id : ZZ2oYa1/] [2016-02-14(日) 21:55:04] 削除依頼

>34+35
「溶けそうなほど」
みみつぶhshs
バレンタインに合わせて突貫工事で書きました。残響に続き、圭佑×郁斗のBLです。可愛いですね。
すんごい書いてて萌えるんです。でもどっちが受けで攻めなのかよくわからずに書いてるんで、皆さんにお聞きします。どっちが受けですか。

37 小山望  [id : ZZ2oYa1/] [2016-02-14(日) 23:52:46] 削除依頼

あ、書き忘れてましたが『溶けそうなほど』は『残響』(>6-9)の続きとなっています。

38 小山望  [id : X1QYAb7.] [2016-04-20(水) 12:46:00] 削除依頼

 駅前で聖書が配られている。確か朝通った時も、悪を全部削がれたような男性がそこに立って、1ミリたりとも笑顔を崩さずに、聖書を手に持っていた筈だ。今は日傘をさした女性になっている。悪を全部削がれたように、1ミリたりとも笑顔を崩さずそこに立っている。
 貼り付けたような笑みだ。科学技術の進歩した今、アンドロイドの方がよっぽど人間らしい表情をしている。以前不気味の谷というものを、友人から教えられたことがある。人間の顔に近づけば近づくほど好感が持てるが、ある点を境に嫌悪感を抱くのだそうだ。死体を連想させるかららしい。
 だからだろうか、人間離れした笑顔を前に、文字通り人間は離れている。誰も近寄ろうとはしない。或いは、自分の目的の方に必死なのか――
 一度通り過ぎてから、何の気なしにまた振り返ってみた。コピペしたような笑顔。

 なぁ神様とやら、アンタが創りたかったのは、こんな人間なのか?

/駅前で配られてる聖書は大体怪しくて近寄れない

39 小山望  [id : 8I.GRSW1] [2016-05-18(水) 23:40:15] 削除依頼

「宇宙人って響きが、そもそも胡散臭いのよね」
 と、美花が窓の外に目線を移しつぶやく。
 確かに納得できなくもないが、今しがた、新しく見つけた宇宙人の動画を見せてから、開口一番このセリフだ。苛立ちとも違うやり切れない感情になってしまった。
「まぁ、わかるけどさ……一応はオカ研の部員なんだし、もう少し興味を持ってほしいというか」
「だって、遊馬の見せる動画とか写真、全部合成っぽいんだもん」
「それは美花がオカルト否定派だからだろ?」
「そもそも何よ『オカ研』って。部員2人で部って言えるの?」
「一応顧問だっているし……滅多に来ないけど」
 今日も今日とて、甘い薬品の匂いが漂う理科室で、なんとなく集まったぼくたち。第二理科室は理科研究部の20名あまりの部員で、今頃は騒がしくなっていることだろうが、1階の第一理科室は神妙な沈黙がぼくたちを取り囲んでいた。
 蛍光灯は2本切れかかっているし、流しには洗ったビーカーやフラスコがそのまま放置されていて、遠目でも白く凝り固まったカルキが見て取れた。確か掃除担当は2年生だったはずだが、適当にやったらしく、床と机にはホコリがまだ残っている。
「ねえ遊馬」
 美花が言った。
「なに?」
「遊馬ってオカルトとか信じてるんだっけ?」
「うーん……信じてるっていうか、いたら面白いなーって感じだよ」
 自分から聞いたくせに、美花は「ふーん」とそっけなく返し、また空を見やった。
 ぼくも同じようにしてみる。謎の光を放つ飛行物体が飛ぶわけでもなく、空飛ぶ棒状の生物なんかがいるわけでもない、ごく普通の空。
「確かに」と美花が口を開く。「これだけ宇宙が広いんだから、どこかしらにはいるのかもね、そういうの」
「あれ、美花も信じる気になったの?」
「あんたさっき信じてるわけじゃないっていったじゃない」
 別に普通の会話だったが、ぼくたちは同時に吹き出してしまった。やっぱり誰だって“そういうの”を期待している。
「いるとしたらどこだろうね。ここより太陽に近かったら暑くて住めないよね」
「わかんないよ? その気候に適した進化を遂げてるかもしれないし。栄養の取り方だって私たちとは違うかも」
 意外な答えに、ぼくは思わず目を見開いた。美花がそんな風なことを言うなんて、滅多にあることじゃない。
「確かに、美花の言う通りだね。そういえばこの前無人探査機が打ち上げられたんだっけ」
「そう。確か目的地は……」
 ぼくたちは目を合わせて、その星の名前を言う。
「太陽系第3惑星」
 ぼくたちはまた笑った。
「いるのかなぁ、宇宙人」
「もしいたら、私たちが宇宙人にされちゃう」
「向こうの星の人は、思ってないのかな。太陽系5番目の星の、その衛星にまさか生命が存在するなんて」
 ぼくたちはまた空を見る。
 そっちの空は何色だろう。太陽の光で白いのか、それとも赤いのか。意外と青かったりして。
「綺麗だね、空」
「そうだね」

/ぼくたちはまた空を見る

40 小山望  [id : 8I.GRSW1] [2016-05-18(水) 23:44:44] 削除依頼

『ぼくたちはまた空を見る』

 テレビで未確認飛行物体うんたらかんたらってやってたので書いてみました。
 いるといいよね、宇宙人。そっちの星は平和で、争いなんてなくて、平凡な日常が当たり前で退屈になってればいいよね。
 そうすればほら、地球が攻め込まれたりしないし……。

41 小山望  [id : yzBS3/X.] [2016-07-05(火) 22:52:29] 削除依頼

ボイスドラマ

「ったく、馬鹿だなぁお前も。怖いの苦手なくせに、ホラー番組見るなんて」

 彼が甘い声で囁く。布団の中、彼の声はいつもよりずっと近くに聞こえる。微かな吐息さえも耳にかかってしまいそうだ。

 ――ほら、怖いもの見たさ……っていうか? つい見ちゃって……。

「ふーん、怖いもの見たさでか。それで後で怖くなって、俺が寝るまで待ってたって訳ね」

 ――ごめんね、迷惑だったかな?

「ん? いや、迷惑じゃない。むしろ嬉しいよ、頼ってくれたみたいだから」

 お世辞だと、わかっていても照れてしまう。
 仕事から帰ってきて、きっと疲れているはずなのに、嫌な顔もせず……暗くて見えないけれど、少なくとも不機嫌な声ではない……私に付き合ってくれる彼は、優しい。

 ――ありがとう。

「ふふ、どういたしまして。いつでも、頼っていいんだからね。なんなら……もっと甘えてくれても」

 ――あっ、今ちょっと照れたでしょ。

「あ、照れてたのバレちゃった? ……うん、甘えてくる君って、ほら、可愛いから」

 彼の言葉が、また私の胸を震わす。
 今、彼は私だけに目を向けている。それだけで堪らなく幸せに浸れる。独占欲が強いのだろうか。でも、好きな人にどこへも行ってほしくないのは、誰だって共通だ。
 彼はどこへも行かない。どこへも。いつだって隣にいてくれる存在だ。
 どこへも……行かないよね?

「それにしても、今日は寒いね。もうそろそろしたら、雪とか降るかなぁ」

 ――雪?

「雪が降って積もったらさ、またデートしに行かない? 厚着して、お揃いのマフラー巻いて、手袋もして」

 ――デート、したい。

「手を繋いで、どこか……公園とか。カフェに寄って熱いコーヒーを飲むのもいいね」

 想像してみる。彼の隣に私がいて、街一つ消し去ったような白い景色の中、一緒に歩く姿を。彼の手の温もり。きっと冬でも温かい手だ。そして――

「寒くなってきたら、身体を寄せて……」

 そう、身体を寄せて……。

「ねぇ、寒くない? もっと……こっちに寄っても、いいよ」


 ――いやだ。


「ほらね。くっついた方が暖かいでしょ?」


 ――やめてそんなこと言うの。


「まだ寒い? だったら……」


 ――全然……寒くないよ。


「……手、繋いでもいいかな?」


 ――だってもう、7月だもの。


 どんなに左手を握りしめても、空気を掴むだけで彼の温もりはない。腰から脇腹、首、顔に手を伸ばしても、指先は彼の輪郭をなぞることはなかった。
 耳元ではまだ彼が囁く。何十回と聞いて、受け答えは覚えてしまった。そこに存在する声と存在しない身体のギャップで、気が狂いそうになる。いつもそうだ。いつも同じところで、彼と手を繋げず、涙を生んでしまう。1分50秒のところ。
 どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!

 私はイヤホンを毟り取った。

/ボイスドラマ

42 小山望  [id : yzBS3/X.] [2016-07-05(火) 22:54:07] 削除依頼

『ボイスドラマ』

 なんでそこで省略された!? だってもう、7月だもの。の前で省略されてよ!! そこから変わるんだから話が!!

43 小山望  [id : QP8uo/X1] [2016-08-02(火) 23:56:44] 削除依頼

※BL要素を含みます。ご注意ください。


 蝉が鳴いている。初蝉だ。今年はだいぶ遅かったが、蝉も真夏は涼しい土の中で眠いっていたいのだろう。
 7月も半ば、中3に上がり、教師と学年トップレベルの奴は早くも何かと戦っているような顔をしている。それでも大多数の生徒は、目前に迫っている夏休みに想いを馳せているようで、俺の郁斗もその中の1人だった。
「ねぇ圭佑、夏祭り行くでしょ?」
 郁斗から誘いを受けたのはそんな日、帰りの支度をする郁斗を待っている時だった。
「ん? いつやんの?」
「今週末だって」
「もうそんなか……いいよ、第三公園のだろ。日曜なら行ける」
「やったー!」
 そういえば去年の夏も、2人で行ったはずだ。あの時はまだ友達で、その後――
「圭佑……? 嫌だった?」
「いやそうじゃなくてその……なんでもない」
 不思議そうな顔で、郁斗が俺を見る。それだけで妙な、危ない感情が脈打つのは、間違いなくあの日のキスを思い出してしまったからだ。
 去年の祭りのその後の8月、俺たちを結びつける何もかもが変わってしまった。
 あまりにも自然に、郁斗としてしまったキス……異常なくらい違和感がなく、パズルのピースを嵌めるようだったそれは、それでいて俺の頭にしっかりと焼きついている。それから、バレンタイン……今なら郁斗が好きだということに、躊躇いはない。
「じゃあ、今週の日曜日の……6時くらいでいいかな?
「ああ、うん」
 2人で一緒に屋台を巡るのを想像する。甘いものが好きな郁斗は、きっとかき氷とわたあめを買うだろう。俺は焼き鳥と焼きそば……あんず飴はちょっと苦手だ。
「じゃあ、公園の近くの神社で待ち合わせね」
「わかった」
「絶対待ってるからね!」
「わかってるって」
 風でふわりと靡いたカーテンの隙間から、差し込む光が眩しい。俺は目を逸らしながら、今年の夏は暑くなりそうだな、なんて考えていた。

44 小山望  [id : QP8uo/X1] [2016-08-02(火) 23:57:26] 削除依頼

※BL要素を含みます。ご注意ください。


 それからは本当にあっという間で、気づけば日曜日の午後になっていた。その時になってようやく妙に心臓が不自然に揺れ始め、時間を確認しては立ち上がってまた座り、横になって時間を確認して……を繰り返した。
 ふと、窓の外が暗くなっていることに気づいた。まだそんな時間ではないはず……まさか……頭の中を何か嫌なものがよぎる。間もなくそれは紛れもない現実になった。初めはポツポツと小降りだったそれは、やがて窓を隔てても耳を濡らすような土砂降りになった。
「マジかよ……」
 心底ついていない。昨日はかなり晴れていたはずだ。予報が変わったのかもしれない。
 俺はただ、窓の外で唸る雨を眺めることしかできなかった。

「雨になったわね、残念」
 ふらふらと階下に下りると、母さんも同じように窓の外を見つめていた。直前になって気づき洗濯物を取り込んだらしく、部屋の中に整然と服を並べている。
「天気予報、晴れって言ってなかった?」
「昨日の夜に急に変わったみたい。ご飯作らなきゃ」
 そう言って慌ただしく台所へと消えた。
 テレビをつけてみると、やはりニュースでは、突然の大雨に見舞われたスクランブル交差点と中継が繋がっていた。傘もささず、雨の中を駆け抜けていくサラリーマン達の姿は、水族館の鰯の群れのようだ。
 くそ、と聞かれないように吐き捨てる。一応、恋人になってから初めての夏祭りだったというのに。
 郁斗に会いたがっている自分がいた。振り払っても消えないそいつは、雨音に混じって俺に叫ぶ。

「絶対待ってるからね!」

 いてもたってもいられなかった。傘立てから傘を引き抜いて、水の中に飛び込む。
「圭佑!? どこ行くの!?」
「ごめんちょっと見てくる!!」
 会いたかった、郁斗に。
 郁斗はきっとまだ、俺を待っている。確証はないけど、そんな気がした。
 傘すらも邪魔になって、差さずに駆ける俺は、さながら群れからはぐれた鰯だろうか。

 荘厳に立つ鳥居を潜り抜け、境内を突き進む。石段の一番上、そこにそいつはいた。
「郁斗……っ!」
「けっ、圭佑!?」
 一つ飛ばしで登り、びしょ濡れの身体で郁斗を抱きしめる。郁斗も随分冷えてはいたが、俺よりはまだ微かに温かかった。
「どうして……」
「そりゃ、絶対待ってるって言われたからな」
 言ってから、いくら待ってると言われたとはいえ、この雨の中会いに来たのは、少しおかしいように思えてきた。郁斗の方はそうでもなかったようで、目に涙すら浮かべている。
「僕もね、圭佑なら来てくれるんじゃないかって、そんな気がして……」今度は郁斗から俺を抱きしめてくる。「そしたらほんとに来てくれた」
 身体を離すと、びしょ濡れの俺を抱き締めたせいか、さっきの涙は水に紛れていた。その時初めて、郁斗が甚平を着ていることに気づいた。
「お前、甚平着てきたのか」
「うん。その……圭佑に見てもらいたくって」
 恥ずかしがって俯く郁斗に、冷えたはずの身体が熱を持ち始める。甚平が細い手足に張り付いて、その輪郭を浮かび上がらせている。妙な気が起きてしまって、目を逸らせない。
 擽ったそうな郁斗の、顎を持ち上げて斜め上を向かせる。視線が交わる。
「似合ってるよ」
 目を閉じて、雨の芳しさの中にある、柔らかい唇の感触に身を委ねた。

45 小山望  [id : QP8uo/X1] [2016-08-02(火) 23:58:06] 削除依頼

※BL要素を含みます。ご注意ください。


 心臓と共鳴する太鼓の音と、子供のような摺鉦の響きが、浮かれた街の喧騒をも切り裂いていた。
 焼きそばの紅ショウガの匂い。涼しいラムネの匂い。香ばしい焼き鳥の匂い。お好み焼きの列に並ぶ俺の左側を子供が通り過ぎるたびに、腹が息をしているように動く。そして左にはというと……。
「まだかなー、ちょっと進んだかも?」
「早く食いてぇな」
「お腹すいたー」
 右手にラムネの空き瓶、左手にわたあめの棒、手首には金魚まで吊るしている。持って帰ってどうするのか聞いたら、水槽やもろもろかあれば、意外と飼うのは難しくないと言われた。そういえば郁斗の家の玄関には、水槽があった気がする。
 予報外れの雨から一週間後、祭りデートを諦めきれなかった俺たちは、母さんの情報を頼りに第一公園に来ていた。
 第一公園は第三公園よりも広い。だから人の数も遥かに多いし、出店だってそうだ。雨のせいで止むを得ず来たとはいえ、怪我の功名といえる。
「また浴衣着てきたんだな」
「当たり前だよー! 祭りなんてなかなかないでしょ? 圭佑もいっぱい楽しまないと」
「俺だって楽しんでないわけじゃ……」
 楽しめない筈があるものか。胸躍る夏の夜、好きな人が隣にいて、楽しくないわけがない。
「俺、郁斗と来れてよかったよ」
「なんだよー、まだ来たばっかじゃん」
「いいだろ。あと100回は言うから」
「恥ずかしいって……嬉しいけど」
 火照った表情が、夏の夜に似合う。郁斗の横顔に見とれていると、また列が一歩進んだ。

/降水

46 小山望  [id : Ie1a.p70] [2016-08-03(水) 00:00:19] 削除依頼

>43-45
『降水』
 かれこれ3話目です。実はこのスレにあげた内容は、実際に書いたうちの6割くらいだったりします。
 完全体は別サイトに載せてます。

47 小山望  [id : Vl67ukP0] [2016-10-09(日) 21:52:28] 削除依頼

「どうしてそんなに前向きでいられるんですか」
 それが、僕が彼女に初めて渡した言葉だった。
 彼女は目を見開いて、なぜ貴方が話しかけてくるんだと、そんな表情をする。
「不思議だったんです……僕は生まれた時に、希望を見出す力ってのを捨ててしまったらしくて、だからずっと一歩進むたびに、地面が崩れなかったことに安堵するような、そんな歩き方で生きてきたんです。なのに貴女は……下なんて見たことがなんじゃないかって、思えてしまって」
 5m先の彼女が遠かった。不思議なくらいに言葉が溢れては蛇のように畝る。少し強い風に、僕は倒れてしまいそうだ。

「じゃあ私も聞いていいかな」
 それが、彼女が僕に始めてくれた言葉だった。
「どうして貴女はそんなに後ろ向きで入られるの。なんで同級生なのに敬語なの。どうして失敗する事ばかり考えられるの」
 セリフに似合わず明るい顔だ。
「貴女の言う通り、私はずっと前ばかり見て生きてきたから……」
「なら」

「なんで死.のうと思ったんですか」

 ぎゅっと手を握っていた。きっと見えない鎖を僕は掴んでいて、その先は彼女の首だか胴だかに繋がっているんだと思った。だから手を離したら彼女は落ちるし、僕のせいということになる。そうなっていた。
「私は絶望した時のことを考えられないから……だからこんな答えしか思いつかないの。怖くないんだよ? 死んだ後のことなんて考えられないから」
 強く言った。
 僕は彼女を見るたびに思い描いてきた絶望を一通り思い出して、それから躊躇わずに胸中の言葉をそのまま声に出した。
「僕は貴女が好きですよ」
 彼女の動きが止まる。
「貴女を見るたびにいつも思うんです。それから同時に、貴女に告白して振られる事を考えます。だから怖くないんです。どんな酷い振られ方をしたって、僕の想像には及びませんから」
 彼女は柵に掴まる。僕は手を開いた。彼女は落ちなかった。鎖なんてなかった。
「本当に悲観的なのね」
 今更当然のことを彼女は言う。
「私の希望を貴女にあげたら……あなたは、私に絶望をくれるの?」
「もちろん、いくらあげたって僕の絶望は減りませんし」
 彼女は柵を乗り越えた。そして僕の体に触れた。

/よくわかんないのできた

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