渇望70コメント

1 ichi id:FIjgBbg1

2015-02-04(水) 17:31:42 [削除依頼]
 言葉を求めている。
 克明に鮮明に、抉るように深く、魂にまでも刻みつけるような。

 永遠に、忘れることの出来ないような。


 今日もまた、君に言葉は届かない。
  • 51 尹茅@ichi id:NCLYrwR/

    2015-12-31(木) 23:58:41 [削除依頼]
    >14 01/〜05/
    >20 06/〜10/
    >27 11/〜15/
    >37 16/〜20/

    >38-40 21/歪に歪む
    ほんのささいなすれ違いが取り返しのつかないものになる瞬間。
    ひとの歪んでしまう瞬間みたいなものが書きたくて。

    >41 22/溶夏
    彼らふたりは気に入っています。笑
    純粋な想いはきらきらしてて素敵ですよね。

    >42 23/潮風に乗せて。
    季節短編に向けて書いたもの。
    切ない大人の恋愛模様を描きました。

    >43-49 24/gift.
    もとは長編にしようとして書き始めたものです。
    半端な長さになってしまったのでここに上げさせてもらいました。

    >50 25/愛して
    これは作家さんに影響された分かりやすい例ですね。笑
    無力感とか、冷たく渇いた空気とか、そんなものが伝われば嬉しいです。

    今年はありがとうございました。
    来年もどうぞよろしくおつき合いください。
  • 52 尹茅@ichi id:81idKx60

    2016-01-20(水) 10:59:38 [削除依頼]
    26/今宵、参上。

     ──23時、東京。

    『目標、都庁方面へ逃走中!』
    『交通規制が機能していません! 至.急応援を!』
    『目標を見に来た野次馬が押さえ切れません! ──限界です!』

     光の溢るる夜の街、今宵も彼女は現れる。
  • 53 尹茅@ichi id:81idKx60

    2016-01-20(水) 11:00:10 [削除依頼]
    「っとと、まったく、ケーサツも懲りないよねえ」

     甘いフリルに飾られた、赤いケープを翻し。リボンで結われたツインテールを靡かせて、ひとりの少女が空を駆ける。所狭しと乱立する高層ビルを足場に軽やかに空を舞う少女は、愛らしい顔立ちに不満の色を載せた。

    「これが完全なる慈善事業だって、いったいいつになったら気づいてくれるのさ?」

     9月も終わり、初秋の頃。冷たさを含む風に長いツインテールを遊ばせ、紅水晶の嵌め込まれたワンドをくるりと回す。翼を畳んだ聖女を模したそれは、少女の白い手のひらの中で柔らかな光を灯した。

    「ねえ? トカゲ」
    [ボクはドラゴンだい!]

     そんな少女の肩の上でぽふぽふ跳び跳ねるのは、確かにトカゲとしか言いようのない小さな生き物。なめらかな紅い鱗に皮膜の張った一対の翼を見れば、確かにドラゴンと言えなくもないかもしれない。

    「まあいいよ、魔法少女にフシギ生物がつくのはお約束だもん」
    [オヤクソクっていうなー!]
    「でも都庁の展望台って行ってみたかったんだよね、ラッキー!」

     かん高い声を張り上げて小さな翼を振り乱すトカゲをさっくり無視した少女の視線は目標を捉える。そびえ立つU字のビル、その下にひしめく野次馬に、何台ものパトカーの赤いランプが光るのを見てえくぼを浮かべた。

    「ようっし、いっちょ行きますかっ!」

     何の気負いもなく空へとからだを躍らせて。重力を感じさせない優美な動きで、少女はU字をえがく都庁のビルの間へと降りたった。
  • 54 尹茅@ichi id:81idKx60

    2016-01-20(水) 11:00:36 [削除依頼]
     ──都庁下、警察。


    『目標を捕捉! 上です!』
    『ヘリを廻せ! なにをグズグズしてる!』
    『駄目です! 無線回路がやられました! 上空との通信不可! 上空との通信不可です!』
    『都庁の警備人員は!』
    『都庁内部は管轄外です! 連携が取り切れません!』
    『グズグズするな! 警察の威信にかけて、今回こそ逃げられる訳には行かないんだ!』

     地上で蠢く彼らを歯牙にもかけず、今宵も彼女は夢を魅せる。
  • 55 尹茅@ichi id:81idKx60

    2016-01-20(水) 11:01:06 [削除依頼]
    「やあやあ、今晩はっ!」

     軽快に声を弾ませて。空を仰いだ少女にあちこちから極光が降り注ぐ。それらの強烈な光源は都庁周辺を飛び回るヘリのもので、機体にはさまざまなテレビ局のマークや警視庁の文字が描かれていた。

    「おっけー、用意はいい?」

     風圧に短いスカートがはためき、長いツインテールが暴れる。テレビ局のマークが描かれた機体のうちのいくつかのドアが開き、そこからは重量級の機材を抱えるカメラマンが覗いた。

    「すりー、つー、わーんっ!」

     3カウントで振り下ろされたワンドの紅水晶がぴかりと瞬いた、その瞬間。ばつ、と糸の千切れたような音を響かせて。
     都庁を周辺としたビル群の明かりが──全て、消えた。
     消えないのは、少女を照らすサーチライトの光のみ。光を浴びて自慢気に胸を反らす少女の姿を余すことなく捉えた野次馬の群衆は、警察の制止を振り切り歓声を上げた。

    「魔法少女ロリポップ、ここにけんざーんっ!」

     歓声に応えるように声を張り上げた少女、ロリポップは満足げに微笑むとワンドをくるくると回した。
     ぴかりぴかりと光るワンドに呼応して。ぼふんと派手な音を立ててあちこちからピンクの煙が立ちのぼる。人々の頭上で起きたそれらはすぐにきらめく星屑となって散り、色とりどりの砂糖菓子と純白のハトが現われる。

    「こんなに眩しくしてちゃ、いつまでたってもあたしを見つけられないよ?」

    小首をかしげる仕草はどこまでも愛らしい。一様に歯噛みする警官の群れを高みから見下ろす少女は、にっこり笑うと一際大きな爆発を起こした。
  • 56 尹茅@ichi id:81idKx60

    2016-01-20(水) 11:01:35 [削除依頼]

    『目標が逃走を開始しました!』
    『追え! 煙なんかに惑わされるな!』
    『まだヘリとの連絡が取れません! 上空からの追跡は不可能です!』
    『群衆で思うように隊列が組めません! 無線も混乱しています!』
    『警察の意地はどうした! たかが小娘一匹、捕まえてみせろ!』

     都庁に大きな混乱を残し、今宵も少女は姿を隠す。
  • 57 尹茅@ichi id:81idKx60

    2016-01-20(水) 11:02:11 [削除依頼]
    「全く、魔法少女が聞いて呆れる仕事の地味さだよねえ」
    [ダイジなことじゃないか!]

     屋上から屋上へと駆けながら口を尖らせる少女に、トカゲはキンとした声を張り上げる。

    [セツデンもナンパのボクメツも、チアンイジにやくだってる!]
    「だーっ! 地味! だって魔法少女だよ!? 魔法使えるんだよ!? なのに何が楽しくて節電呼びかけたりナンパ野郎を諭したりしなきゃならないの!」
    [……イマドキあくのそしきなんて、いるとオモッてるの]
    「あんたなに自分の存在さっくり無視してんのよ、このフシギ生物!」

     トカゲの長い首を掴んだ少女はその手のひらをぶんぶん上下に振る。 声も上がらぬトカゲが目を回したのを確認して、少しだけ溜飲を下げた。

    「せちがらい世の中だよねえ、魔法少女のお仕事が治安維持に環境改善だなんて」

     魔法少女。それだけ聞いたら少女だって喜んでその力を奮うだろう、その相手がいれば。現代の社会はよくも悪くも管理の眼が行き届き、この世界のもの以外が侵入することを極端に困難にしていた。
    結果。魔法の力が与えられたとしても、戦うべき相手がいない。おかげで警察には神出鬼没の愉快犯としてしっかりマークされているのであった。

    「……辞めようかなあ」

     ボソッと呟かれたその言葉に、トカゲは文字通り飛び上がった。言葉もなくぶるぶる震える姿に少女は苦笑する。

    「仕方ないなあ。トカゲが頑張るなら、あたしもつきあってあげる」

     灯りの落ちる夜の街。
     今宵も少女はどこかへ現れる──かもしれない。
  • 58 尹茅@ichi id:b22jtAR.

    2016-01-24(日) 16:44:46 [削除依頼]
    27/ベンチ

     ふたりで小さな公園のベンチに腰掛けて、ほかほか湯気をあげる白いかたまりを、ていねいに半分に割り開いた。

    「はい、織!」

     んっ、と右手を差し出せば、織は意外そうな顔をして私を見る。

    「半分こ」

     見上げる織のアーモンド型の瞳が僅かに細められて、次いでふっと右手に持ったあんまんが消えた。

    「ほら」

     ぽん、と代わりに温いものが乗せられて、思わずそっちに視線が行く。まだ湯気を上げるそれは、あんまんと同じくらいほかほかとした湯気をあげる肉まんだった。
     いつも部活で忙しい織がこうして寄り道してくれることなんて滅多になくて、それが嬉しくてにまにまと笑みが浮かぶ。織はそんな私を訝しそうに見て、そうして肉まんとあんまんでふさがった自分の手元を見て、納得したようにひとつ頷いた。

    「ち、違うよ!? 肉まんじゃなくて、美桜は織と寄り道してるのが嬉しいんだよ!?」

     焦って言い訳しても、すでに肉まんにかぶりついている織は普通に聞き流してしまう。その横顔もかっこよくて、やっぱり織はずるい。

    「織、好き」

     マフラーにうずまりながら呟いた言葉は織には届かなかったらしい。白く染まった息だけがふわふわと溶けた。そんな私の隣で黙々と食べ進める織はふと私の方を見て、首を傾ける。

    「食わねえの、美桜」

     不意に呼ばれる名前がくすぐったくて、ちょっとだけ首をすくめる。呼ばれるたびに嬉しくてはしゃぐ私に呆れてあんまり呼んでくれなくなったけど、こうしてふとした拍子に呼んでくれる織の耳ざわりのいい低い声は大好きだ。

    「たっ、食べる!」
     
     すでに食べ終えた織に慌ててふかふかの肉まんを頬張れば、なにを思ったか織はどさりと私に寄りかかってきた。

    「し、織?」

     基本的にいつも冷たい織が私に甘えるなんて、それこそ今まで一度あったかどうかだ。動揺する私に寄りかかったまま、織はそっぽを向いて口を閉ざす。
     無言のままぐいぐいと体重をかけられて、織の体温がじんわりと伝わってくるのを感じた。

    「……織、大好き」
    「知ってる」

     嬉しくて嬉しくて、いつもの通りそう言えば、織もいつもの通りそう返した。いつもとは違って柔らかくほどけた織の目元に、私は気づかなかったフリをした。
  • 59 尹茅@ichi id:sFla25T0

    2016-02-08(月) 01:48:02 [削除依頼]
    28/君の傍に。

     なにものにも染まらぬ、なにものにも従わぬ、この世のものとも思えぬ美しいドラゴンは、確かに存在していた。

     つるりと透き通るみがきぬかれた白磁の竜鱗に、からだの半分もある大きな両翼の皮膜は、ミルクを溶かしたようになめらかな乳白色をしていた。燃える太陽を思わせる黄金色をした双眼は、深い知性と慈しみを湛えてゆったりまたたく。

     優美な曲線をえがく鎌首をもたげ、彼は走り寄る小さな人間を迎え入れた。

    「覇陽!」

     催促するように伸ばされた短い両腕に、彼は潰さぬようにそっと頭を落としてやる。彼の両前足の間に駆け込んできた人間は、巨大な鼻先をぎゅっと抱きしめて、嬉しげに頬ずりした。

    「覇陽、覇陽……」

     うわごとのように彼に付けられた名を繰り返す人間は、彼のなめらかな竜鱗の曇りに、黄金にきらめく瞳に差した濁りに、とっくに気がついていたのだろう。心底安堵したように震える吐息をもらす人間を見おろす彼の双眼にかつての輝きは既になく、ぼんやりとした微かな光が灯るだけだった。

    「きみは、きみだけはどうか、少しでも永く……」


     少しばかり発展の進みすぎたこの世界は、どうやら彼には根本的に合わなかったらしい。自慢の竜鱗は工場から排出されるガスで煤に染まり、水銀の溶けだした川の水で、彼の瞳は白く濁った。思い出したように降り注ぐ酸性雨は、彼のビロードのような皮膜に容赦なく打ち付けて溶かし、不格好な斑模様をいくつもつくっていた。

     徐々に狭まる視界に、じわじわとからだを蝕まれる苦痛。それでも彼はこの地を離れようとはしなかった。それは、彼をこの地に留めるに足る理由があったからに他ならない。

    「ごめん、ごめんね、覇陽」

     ごしごしと彼の胸元を拭う人間は、それでは染みついた鱗の曇りが晴れないということを、いやと言うほど知っている。
     それでもなお行為を止めようとしない人間を、彼は低く喉を鳴らして制止した。灰銀の睫毛に縁取られた瞳を伏せ、ぐいと鼻先を押しつける。


    「きみは優しすぎるよ」

     泣き出しそうに呟く人間の頬に滴が伝っているのかどうか、彼にはもう、確かめる術はない。長い首を地面に横たえてからだを丸めると、人間は焦ったように彼の目元へ回り込んで、くすんだ彼の竜鱗に手を添えた。

    「覇陽、眠いの? 覇陽?」

     人間の必死の呼びかけも、かつてのように鮮明には聞こえない。薄く開いた瞳には、人間のぼんやりとした輪郭しか見ることは叶わなかった。
     それでも。人間の手のひらから伝わる小さなぬくもりに、彼は心から安堵する。

     永い年月を生きてきた最後のドラゴンは、そうしてゆっくり瞼を閉じた。
  • 60 尹茅@ichi id:WLipcuX.

    2016-02-13(土) 10:50:22 [削除依頼]
    29/時蛹

    「こんにちは、おにーさん!」

     ぱたぱた駆けてくる足音は、いたるところに死のにおいが充満するここには場違いなほど、明るくて軽快だった。途中にすれ違った看護師に注意され、慌てて早足に直すその仕草から垣間見える、純粋な素直さが微笑ましかった。
     検診は終わったの? そう尋ねれば、つきたてのお餅のように白い頬をぷくっと膨らませてむくれてみせた。

    「わたし、こどもじゃないもの。逃げたりしないわ」

     偉いでしょう、と胸を張るその仕草はまさに子供らしかった。

     同じ日はもう二度と巡ってこないのだと舌足らずに言ったきみが懐かしくて、眼にうつるすべてのものが滲んだ世界できみを探した。 何よりも誰よりもひたむきに懸命に生きてきたきみの時間の密度は、ただひたすらに愛おしかった。

    「ね、ね、お花を摘みにいかない?」

     簡素な患者服の裾をくるんとひるがえしたきみは、花の綻ぶような愛らしい笑みをうかべた。

    「外を見てごらん」
    「そと?」

     すぐに窓までかけよって、ひょっこりと顔を外へ覗かせる。そんな背中を見ていると、華奢なそれは分かりやすく肩を落として振り返った。

    「ねえ、この白いのは何? お花どころか原っぱもみえないわ」

     眉を下げた困り顔の表情に、涙が滲みそうになるのを慌ててこらえる。

    「雪、だよ。つめたいんだ」
    「ゆき」

     まんまるの瞳をさらにまんまるにして繰り返したきみは、興味深そうにもう一度、窓ガラスにぺたりと額をつけた。
     そうして顔を離したきみの、忙しなく動く茶色の瞳が、不意にこちらを向いた。ぱちぱち瞬くまるい瞳には、確かに真実が映っているはずなのに。

    「……春になったら、花。摘みに行こうか」
    「うん! 約束、おにーさん!」

     一瞬だけ、きょとんとした顔をして。それからすぐにきらめく笑顔をうかべたきみは、細い小指を差し出した。

    「ゆーびきーりげんまん、うそついたら……」

     行動の端々ににじむ仕草や口調は、まだ幼い童子のもの。それでもきみの身体は、きみの精神を置きざりにして成長していた。今年、十八になるきみはまだ、お伽噺を信じるあのころからなんの変わりもない。

     両親にひとり、置き去りにされたあの瞬間から、ずっと。

     本当は雪なんて、積もっていないのに。
     本当は春なんて、いくつも過ぎ去っているのに。
     
    「ねえ」

     呼びかけると、なんの邪気もない顔で首を傾げるきみの姿に、いったい幾度傷つけばいいのだろう。変わっていないことが分かっているのに、それでも毎日、窓の外を見るように告げる行為だって、自分を傷つける以外のなにものでもない。

    「……おにーさん、前にも会ったことあるよね?」

     それでも。
     それでもこうして、きみは時折、わずかな希望を見せてくれるから。僅かでも、ここで過ごした日々の記憶が残っているという、希望が。
     だから、どうしても諦めきれない。

    「僕はきみのともだちだからね、奈々香」

     幼いころ、患者服の裾を引きずって交わした小さな約束は、もう僕の中にしか、残っていない。
  • 61 尹茅@ichi id:tfgSNEY.

    2016-04-06(水) 22:33:44 [削除依頼]
    30/思春期

     ねえ、あたし、おかしいのかもしれない。

     田崎がそう言ってきたのは、私がちょうど、歩道橋の真ん中のところに来たときだった。
     どうおかしいの。そう尋ねたら、田崎はちょっと首をひねってびゅんびゅん流れる車の列を見下ろして、まるでそのまま飛び降りてしまいそうに見えた。
     でも田崎は飛び降りるなんてばかなことはしないで、あたしね、と内緒話をするように声をひそめた。
     歩道橋の端っこにいる田崎と真ん中にいる私とでは距離がありすぎて、田崎のひそめた声はなんにも聞こえなかった。聞こえなかったはずなのに、私には、確かに、田崎の抑揚のない声がはっきりと聴こえた。

     あたし、こうして歩道橋から下を見てるとね、あたしの家族がここから落ちて車に轢かれないかなあって思うの。おかしいよね。

     田崎の髪がはらりと揺れた。いつもはピンで留めている、長い前髪が、風に煽られて乱れている。田崎の眼は流れていく車を見下ろして、その隙間に目をこらして、まるで轢かれた家族の欠片を探しているようだった。
     私は田崎が本当にそう言ったのかは分からないけど、そうやって歩道橋に佇む田崎は、なにより自分が一番、車に轢かれたがっているような顔をしていた。

     ねえ、田崎。私にはよく分からないけどさ。いつまでたっても端っこから動かない田崎を迎えに行くと、田崎はそのとき初めて私がいることに気が付いたかのように、いつもは眠たそうに垂れている目をまん丸くして私を見た。
     大きく開いた田崎の眼にちかりと光が反射して、ぱちぱちまばたきする様子がなんだか夢から覚めたこどものようだった。

     お腹空いたしさ、とりあえず帰ろうよ。

     あたしの話、聞いてた? 
     困ったように言う田崎の腕を取って、私は歩道橋をかけおりる。
  • 62 尹茅@ichi id:tfgSNEY.

    2016-04-06(水) 22:34:07 [削除依頼]
    30/思春期

     ねえ、あたし、おかしいのかもしれない。

     田崎がそう言ってきたのは、私がちょうど、歩道橋の真ん中のところに来たときだった。
     どうおかしいの。そう尋ねたら、田崎はちょっと首をひねってびゅんびゅん流れる車の列を見下ろして、まるでそのまま飛び降りてしまいそうに見えた。
     でも田崎は飛び降りるなんてばかなことはしないで、あたしね、と内緒話をするように声をひそめた。
     歩道橋の端っこにいる田崎と真ん中にいる私とでは距離がありすぎて、田崎のひそめた声はなんにも聞こえなかった。聞こえなかったはずなのに、私には、確かに、田崎の抑揚のない声がはっきりと聴こえた。

     あたし、こうして歩道橋から下を見てるとね、あたしの家族がここから落ちて車に轢かれないかなあって思うの。おかしいよね。

     田崎の髪がはらりと揺れた。いつもはピンで留めている、長い前髪が、風に煽られて乱れている。田崎の眼は流れていく車を見下ろして、その隙間に目をこらして、まるで轢かれた家族の欠片を探しているようだった。
     私は田崎が本当にそう言ったのかは分からないけど、そうやって歩道橋に佇む田崎は、なにより自分が一番、車に轢かれたがっているような顔をしていた。

     ねえ、田崎。私にはよく分からないけどさ。いつまでたっても端っこから動かない田崎を迎えに行くと、田崎はそのとき初めて私がいることに気が付いたかのように、いつもは眠たそうに垂れている目をまん丸くして私を見た。
     大きく開いた田崎の眼にちかりと光が反射して、ぱちぱちまばたきする様子がなんだか夢から覚めたこどものようだった。

     お腹空いたしさ、とりあえず帰ろうよ。

     あたしの話、聞いてた? 
     困ったように言う田崎の腕を取って、私は歩道橋をかけおりる。
  • 63 尹茅@ichi id:1Z3CZt.1

    2016-05-01(日) 19:58:59 [削除依頼]
    >14 01/〜05/
    >20 06/〜10/
    >27 11/〜15/
    >37 16/〜20/
    >51 21/〜25/

    >52-57 26/今宵、参上。
    ファンタジーの企画で書かせていただいたもの。
    ファンタジーなのに現代寄りになってしまって不完全燃焼に。笑

    >58 27/ベンチ
    織がツンデレでしかなかった……。
    そしてそれに毎回全力で振り回される美桜はアホな子ほどかわいいってやつです。

    >59 28/君の傍に
    これも企画で書かせていただいたもの。
    思いっきりファンタジーファンタジーできて大満足です。龍大好き。

    >60 29/時蛹
    描写不足でもやっとしたかんじになっちゃいましたね。
    少ない言葉で伝えるのって難しいなあ。

    >61 30/思春期
    田崎はわたしでもあり、あなたでもあります。
    不安定なこころは脆くて儚くて、なんとも言えない心地がします。
  • 64 尹茅@ichi id:nA0172u/

    2016-06-17(金) 22:03:30 [削除依頼]
    31/スイゲツ

     ふと見上げた冬の空は、驚くほど透明に澄んでいた。
     はあ、と息を吐けば、それは一瞬のうちに白い水蒸気となって、澄んだ空へとのぼっていった。

     もっと空に近づきたくて、二匹の雪狼が引く木彫りのそりから少しだけ、身を乗り出した。

    「ユソン、危ない」

     くん、と裾を引かれた勢いのまま、ぼふんと後ろに倒れ込む。あっと思う間もなく厚い毛皮のコートに抱き留められた。倒れ込んだユノンの腕の中で見上げれば、同じコートをまとったユノンが不機嫌に目を細めている。
     風になびいた灰銀の短い髪のすきまから、雪のように白い耳朶がのぞく。

    「ユソン?」

     首を傾げるとさらさらこぼれるユノンの髪は、銀粉をまぶしたようにきらきらと光った。

    「なんでもないよ。ユノンは心配しすぎ」

     わたしとそっくり同じ容貌をしたユノンは、納得いかないように眉をよせて、それからまた、ぎゅっとわたしを抱きしめた。ユソンの細い指先が、窺うようにそっとわたしの頬に添えられる。抵抗せずに目を閉じれば、すぐに柔らかなくちづけが落ちてきた。

    「ユソン、すき。すきだよ。ぼくだけの、ユソン」

     吐息の合間に囁かれる甘い言葉と、幾度となく降ってくる冷たい唇に、わたしは黙って身を任せた。
  • 65 尹茅@ichi id:nA0172u/

    2016-06-17(金) 22:04:59 [削除依頼]
     わたしたちは間違えている。
     でも、そんなことは分かってるのに。

    「ユソン。……後悔、してる?」

     不意にやんだくちづけと頼りなげに揺れる声音に、わたしは閉じた目蓋を押し上げる。間近にあるユノンの瞳の中に、少しだけ頬を染めたわたしだけが映っているのを見て、昏い独占欲が満たされた。

    「なに言ってるの。わたしには、ユノンだけがいればいい。……わたしの、たったひとりのだいじな片割れ」
     さっきのユノンと同じように頬に手を添えれば、ユノンは長い睫毛を震わせて瞳を伏せ、頬をじわりと朱に染めた。


     わたしたちは逃げ出した。
     ふたりきり、手を取り合って。
     これから先、いつまで逃げればいいのかなんて分からない。一生、見えない影に怯えて暮らさなくてはいけないかもしれない。それでもわたしとユノンはこの道を選んだし、後悔するかもしれないけれど、やり直せるとしても、きっと何度だって同じ道を選ぶだろう。 
     
     一面の雪景色に、わたしとユノンはふたりきり。わたしたちが乗る、雪狼の引くそりの跡だけがくっきり残る丘を振り返って、わたしはまた、空に向かって息を吐く。
     白く染まる吐息は、ゆらりと融けた。
  • 66 尹茅 id:EzM9pkGK

    2016-12-05(月) 14:08:23 [削除依頼]
    32/てのひら



     高い天井から吊り下がる巨大なシャンデリアに革張りのソファ、その正面には六十五インチの巨大なテレビがあり、床には上質な繊維を使った柔らかな絨毯が敷き詰められている。だだっ広い部屋をこれでもかと飾り立てるそれらに囲まれて優雅にソファに身体を沈める女と、女の目の前に立ちふさがる男とは、かつて恋人という間柄にあった。



    「いい加減にしろよ」



     洗濯のしすぎで伸びかけたTシャツに、一目で安物と分かるクリーム色のチノパンを穿いた男の声は、ずしりと腹に響く音をしていた。ぼさぼさに伸びた黒髪の隙間からのぞく眼光は冷え冷えとしていて、女を心底嫌悪していることが嫌でも感じられる。



    「彼の家にまで来て、一体今更あたしに何の用かしら」



     真っ赤なルージュの引かれた唇の隙間から、真珠の粒のような歯が零れる。ぴったりとした黒のマーメイドラインのワンピースには深いスリットが入っていて、そこから伸びるしなやかな脚の白さが際立っていた。



    「結婚するだけなのに、あなたに何を責められることがあるの」



     小馬鹿にするように鼻を鳴らした女に、男は無言で拳を握りこむ。深爪になるほど短く切り揃えられた爪は、どれだけ力を込めても商売道具とも言える男の手を傷つけることはない。視線を男の手へ向けた女は、拳に込められた力の強さにゆっくりと口角を釣り上げると、爪を長く伸ばし、赤いマニキュアを塗った両手で男の握りこまれた拳を包み込んだ。



    「駄目じゃない、手に傷をつけたら。仕事が出来なくなってしまうわ」



     歌うように言いながら、何の反応も示さない男の節くれだった太い指を一本一本、指を絡ませて丁寧に開いていく。開かれた男の指先は、長年顔料に触れてきたせいで色が染みついて黒ずんでいた。油の匂いすら立ちのぼるかのような男の乾いた指先を、打って変わってしっとりとなめらかな女の指が伝っていく。女のほっそりとした手首に巻かれたブレスレットがしゃらりと鳴り、男は身を震わせた。



    「放せ。お前みたいな女が、結婚なんてできるわけがない」



     厚く硬い皮膚で覆われた男の手のひらを放り出すようにして手放した女は手をかざし、左の薬指に嵌まる華奢なデザインの銀のリングをわざとらしく回して見せた。



    「できるわ。あなたみたいに一生を油臭い部屋でキャンバスと向き合って暮らすようなつまらない人生、死んでもごめんよ」



     力強く言い切った女の切れ長の瞳に一瞬、昏い光が浮かぶ。女の薬指に気を取られていた男はそれに気が付くこともなく、未だソファに座ったままの女を見下ろし、はっきりと笑みを浮かべた。



    「お前には一生かかってもあの愉しみを理解できないだろう。可哀相に」



     分かりやすい嘲笑に、女の頬が朱に染まる。何かを言いかけて口を開いた女は、結局何も言うことはなく口を閉じた。



    「……結婚するっていうなら、もう何も言わない。その代わり、今後一切俺に関わるな」

    「いいわ。どうせまた、お金でも貰いに行くと思ってるんでしょう。最後に言うことのひとつくらいは聞いてあげる」



     男の言葉を反芻するように視線を床へ落とした女から既に頬の赤みは抜け、もとの陶磁器のようななめらかな白さがワンピースの黒に映えた。再び目線を合わせた女は男の要求を肯きひとつで了承すると、畳み掛けるように声を上げる。



    「だから、あなたももうこれ以上、あたしに関わらないで」



     驚いて言葉を無くす、初めに来たときから一歩も目の前を動かなかった男をまっすぐに見上げ、女は艶然と微笑んだ。



    「さよなら」





     男の足音が途絶え、広い部屋にオートロックのドアが閉まる機械的な音が響いた。再びゆっくりとソファに身体を沈めた女の、肘掛けに投げ出された腕は力無くだらりと垂れていた。弛緩した指先には傷ひとつなく、まさに白魚のような手と表現するに相応しい。薬指に収まるリングの台座に置かれた一粒のダイアモンドが、光を反射してちかりと光った。

  • 67 尹茅 id:EzM9pkGK

    2017-01-25(水) 14:33:03 [削除依頼]
    33/刻々



     古ぼけた紙のにおいが好きだった。窓際の椅子に座って、日向ぼっこをしながら頁をめくるのが、一日のうちで一番の楽しみだった。窓から差し込む光が暖かくて、ついついうたた寝してしまった、なんて数えきれないほどだった。



    「ウィンストン」



     立ち並ぶ本棚が落とす影、カウンターの隅にふわりと舞う埃、筆立てに立てられた、きれいに削られた2Bの鉛筆。記憶と寸分変わらぬままでそこにあるそれら全部が大好きで、暇さえあればいつでも入り浸っていた。



    「先生、お久しぶりです」

    「今日はどうしました」



     深い紺色のローブを揺らす先生は、初めて会った時には本気で、図書室に住まう精霊かと信じてしまいそうになった。古の種族、幻の存在だと囁かれるエルフである先生は、噂通りに尖った耳と絶世の美貌を持つ美丈夫だったから。

     本棚を眺めていたわたしを認めた先生は、かつかつと踵を鳴らして歩いてくる。その図書室独特の足音の響きかたすら懐かしくて、思わず笑みが浮かんだ。



    「先生に会いに来たんです。本当に、まだいらっしゃるとは思わなかったけれど」

    「私には、時間が腐るほどありますからねえ」



     白磁の容貌にやわらかな微笑を浮かべる先生は、最後に会った時から何の変化も見受けられない。むしろわたしの記憶よりもますます美しくなったように思えて、つい理不尽だと思ってしまった。

     かつ、と先生の踵が鳴って、わたしより頭一つは背の高い先生がわたしの顔をのぞき込む。



    「それにしても、久しぶりですね。前はあんなによく来てくれていたのに」

    「在学中と一緒にしないでください。仕事が忙しくて、ようやく落ち着いたんです」

    「貴方は魔法が巧かったですものね。さぞや引っ張りだこでしょう」



     誰のおかげで。という言葉をすんでのところで飲み込んだ。エルフである先生は伝承に違わず魔法の腕も抜群で、授業で分からないところがあった、という名目で何度も魔法の練習につき合わせたことが懐かしい。おかげで、宮廷お抱えの魔術師団の長なんて安定した職をもらたくらいだ。

     魔法の腕に長けたエルフがどうして、魔法学園で教師ではなく図書教員なんてやっているのかは、何度聞いても教えてくれなかったけど。



    「先生のおかげです」



     こじつけでもなんでも、先生に会えるのならばなんだってやった。魔法だって嫌いだった。本当は本だって、全然好きじゃない。それでも毎日図書室に通って本を読み、先生に魔法の教えを乞うた。それが長じて職が決まるなんて、学生時代のわたしには想像もできないだろう。



    「好きでした、先生。ずっと」

    「……貴女は、美しくなりましたね。ミュリエル」



     初めて名前を呼んでくれましたね。そう言えば、先生はきゅうと目を細める。



    「同じように年を取れないというのも、辛いものですね」



     男性とは思えないほどきれいな指が、わたしのしわくちゃの手を取る。労わるようにゆっくりとなぞられて、涙が出そうになった。

     何度も何度もわたしの手をなぞる、冷たい指先が、どうしようもなく愛おしかった。

  • 68 尹茅@ichi id:2DYGzeXj

    2017-02-19(日) 19:00:03 [削除依頼]
    34/生誕祭

     久しぶりに会った彼女は、随分と髪が伸びていた。ぴったりとしたタイトスカートをきっちり着こなす姿に、幼いころの面影はどこにもない。

    「久しぶりだね、元気にしてた?」

     予約していた店の玄関ポーチには、先日降った雪の名残が見える。階段を下りながら問えば、かつりとヒールを鳴らした理恵子は唇の端を持ち上げてうすく微笑んだ。

    「元気だよ。菜々は?」
    「私も」

     音もなく開いたガラスの扉に躊躇いなく足を踏み入れる理恵子の、細い足首につけられたアンクレットが店の明かりを反射して光る。繊細な銀のチェーンは踵のある靴にも、宝飾品にも興味のなかった理恵子はもうどこにもいないという無言の主張のように思えた。
     ドレスコード、とまでは行かなくとも、それなりに相応しい恰好を求められる店を指定したのは私だ。膝の上にナプキンを広げる理恵子は、さらりと流れる黒髪を優雅な手つきで背中へと流していた。

    「菜々がこうして誘ってくれるなんて、思ってなかったな」

     眼を伏せ、ぽつりとこぼす理恵子。黙ったままフォークを動かす私に、同じように前菜をつつく理恵子の表情を窺うことはできなかった。

    「菜々」

     静かだけれど、有無を言わせない理恵子の呼び声に、私はゆるゆると視線を合わせる。

    「どうして今日、わたしを呼んだの」

     窺うような眼差し。どこまでも黒く澄んだ瞳に、懐かしい日々が蘇ってくる。

    「ねえ、」
    「理恵子に。会いたかったから」

     かちん、と鳴った高い音に、理恵子がフォークを落としたのだと知る。反射的に足元に手を伸ばそうとした理恵子は、けれど足早にこちらに向かってくる給仕を見て動きを止めた。

    「あ、ごめ……」

     さっと顔を蒼褪めさせた理恵子は自分が粗相を
    したことに、ひどく動揺したようだった。給仕が新しいフォークを音もなく置いて行ってからも、フォークを落とした手を胸の前で抱きこんで、再び手を伸ばそうとはしない。

    「ずっと待ってたの、私」

     理恵子は中学時代、私にとって唯一無二の親友だった。色恋沙汰には興味がなくて、いつでもはしゃいでふざけてばかりで。ただただ楽しければいいと過ごした毎日は、文字通り宝物のような日々だった。
    理恵子の、あの言葉を聞くまでは。

    「どうして殺してくれなかったの?」
  • 69 尹茅@ichi id:2DYGzeXj

    2017-02-19(日) 19:02:21 [削除依頼]

     ひゅ、と理恵子の呼吸が止まった。テーブルの上の蝋燭の炎が揺らめいて、ずらりと並んだカトラリーをオレンジ色に染め上げる。すっかり冷めてしまった白身魚のソテーにかけられた透明なソースが、ぬらぬらと光を放っていた。

    「死んでほしい、いっそ殺したい」

     忘れない、忘れられない。

    「あのとき理恵子がそう言ってたこと、聞こえてたんだ」

     白く息の凍るあの日。降り積もって固まった雪は、足元を滑らせるばかりでちっとも面白くなんてなくて。つまらないね、と声をかけた私の前を歩いていた理恵子は、決して振り返ろうとはしなかった。

    「ど、うして、」

     震える唇を動かす理恵子の、大きな瞳に涙の膜が張っている。瞬きしたら零れ落ちてしまいそうで、手を伸ばしてぬぐってあげたい衝動に駆られた。

    「ごめんね。私が理恵子に、相談したせいだよね」
    「そんなこと、ない」

     力なく首を振る理恵子に、説得力は微塵もない。思い出すことも忌まわしい記憶をゆっくりと反芻して、落ち着こうと深呼吸をした。

    「私、どうしても赦せなくて」

     明かりを落とした部屋に、ドアから差し込む光が中学生の私にとっては恐怖の象徴だった。布団の中で身体を丸めて息を殺して、何事もなくドアが閉じられるのを、じっと願うことが毎日の習慣だった。
     奔放な母の再婚相手は最低な男だった。母が自分に夢中なことを知っていて、万一私が訴えてもまともに取り合ってもらえないことを見越していたんだろう。夜な夜な私の寝所に忍び込んでは、身体の至る所を撫でまわして下卑た嗤いを浮かべていた。

    「だからね。自分ですることにしたの」
    「え……?」

     呆けたような理恵子の声に、心配しないでと笑う。

    「私は大人になったから。もうあの時みたいに、理恵子に頼りきるなんてこと、しないよ」

     理恵子のあの言葉を聞いたときから。私はずっと、理恵子が私を殺してくれるのだと馬鹿みたいに信じていた。理恵子の細い指先が蛇のように首に絡みついて、ゆっくりと締め上げていくさまを、いったい幾度夢想しただろう。刃物でもいい。理恵子は赤が似合うから、血液を浴びてもきっと綺麗だろうと思っていた。
     現実はそんなこと、あるはずもなく。期待に胸を膨らせたまま卒業を迎えたとき、私は心から理恵子に失望したのだ。なんて自分勝手なのだろう。そう気がついた時には、既に理恵子と私の距離はあまりにも離れすぎていた。
  • 70 尹茅@ichi id:2DYGzeXj

    2017-02-19(日) 19:04:25 [削除依頼]
    「これから山に行くの」

     私の言いたいことを察したのだろう。大きく開いた理恵子の瞳から、ほろりと涙が滑り落ちる。頬を伝った涙は、テーブルに滲んだ染みをつくった。

    「義父が死んでも、意味なんてないの。だって汚れてるのは、私なんだから」

     半年前、義父が死.んだ。心のどこかで、義父が死.ねばこの感情も消えてなくなるかと期待したけれどもやっぱり、重要だったのは私自身が汚された身だということらしかった。

    「どうしても、理恵子に謝りたくて」

     雪に包まれて眠りたいと夢見るようになったのは、とある本の影響だった。ヒトは極寒の中で、眠っているうちに死んでしまうのだと。真っ白な雪に包まれて眠るように死.ねるだなんて、まるで汚れた私を浄化してくれる唯一の方法だと思った。私を捉えたその思いは年々衰えることなく、勢いを増していく一方だった。

    「今まで本当にありがとう」
    「違う、わたし、そんなつもりじゃ……っ!」

     そろそろ駅に向かわなければ、新幹線に間に合わなくなってしまう。スマホで時間を確認して立ち上がった私に、理恵子が縋るような視線を向けてくる。テーブルの上で握られた拳は白くなっていて、それがどれだけ力が込められているのかを物語っていた。
     理恵子はあの時、友人として、親友として正しく、私のために憤ってくれていた。だからこそ理恵子は私を止めない。止められない。それを分かっていて理恵子に会いに来た私は、あまりにも自分勝手なのだろう。

    「ごめんね」

     ありがとう、見逃してくれて。声もなく震える理恵子を一瞥して、今度こそ踵を返して店を出る。白い棺が私を待っている。隙間なく私を包みこみ、醜い汚れを吸い込んで、純白に染め上げてくれる棺が。
     ああ、なんて素敵なんだろう。
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