秋雨うつろい6コメント

1 よみ id:E6SDlUK0

2011-11-30(水) 18:19:23 [削除依頼]

 彼女のことを思い返すとき、辺りは雨の気配で満たされる。彼女はいつも保健室にいたけれど、空調管理が完璧なはずの保健室でさえ、雨の日には空気がしっとりと潤っていた。私の胸の奥に刻まれている、彼女にまつわる印象深い記憶の数々は、例外なく雨の音や匂いや湿り気に彩られているのだ。

――【本文抜粋】
          *秋雨うつろい
  • 2 よみ id:E6SDlUK0

    2011-11-30(水) 18:22:44 [削除依頼]
    こんにちは。よみと申しますm(__)m
    タイトルの読み方は「あきさめうつろい」です。
    前作「夏雲誘い(1317410394)」の続編です。
    一人の少女の視点から見る、雨の気配に彩られた秋の物語です。
    今、目を止めて下さっている貴方に楽しんでいただけたら幸いです。
  • 3 よみ id:E6SDlUK0

    2011-11-30(水) 18:25:40 [削除依頼]
    【プロローグ.雨の記憶】

    彼女にまつわる思い出というのは、実はそんなに多くない。それも、ひどく断片的な記憶がほとんどで、一続きの出来事としてきちんと覚えていることといったら、ますます数が絞られてしまう。それでも、私はそのいくつかの出来事と、あの一人の可憐な少女を形作る欠片のような思い出の一つ一つをとても大切にしている。
    なぜなら、彼女は私の憧れだから。結局、最後まで打ち解けることのできなかった、遠い憧れの人だから。私は、彼女の日向の顔も日陰の表情も、そのどちらもが好きだった。みんなが知る可愛らしい笑みはもちろん、ふとした瞬間に垣間見える、神経質な少女らしい潔癖さや乾いた眼差しにも惹かれていたのだ。
  • 4 よみ id:E6SDlUK0

    2011-11-30(水) 18:28:09 [削除依頼]
    >>3 彼女のことを思い返すとき、辺りは雨の気配で満たされる。彼女はいつも保健室にいたけれど、空調管理が完璧なはずの保健室でさえ、雨の日には空気がしっとりと潤っていた。私の胸の奥に刻まれている、彼女にまつわる印象深い記憶の数々は、例外なく雨の音や匂いや湿り気に彩られているのだ。 初めて彼女を目にしたときには、夕立がうるさいほどに保健室の窓ガラスを叩いていたし、初めて彼女と口を利いたのは、秋雨が降りしきる静かな午後だった。ある冬の日、暗闇に沈む保健室で一人佇んでいた彼女に背を向け、校舎の外まで走り出たときには、氷雨が私の頬を冷たく濡らした。 そして、ほんの二か月前。彼女と最後に言葉を交わしたときも、窓の向こうでは生温い夏の雨が、広い校庭の地面をただのぬかるみに変えていた。どす黒い陰鬱な空と、あとからあとから降ってくる大粒の雨。今から思えば、なんとなく不吉な空模様だった。 その日は一学期の終業式があった。頭痛持ちの私は、式の最中に具合が悪くなったため、保健室のソファに腰掛けて休んでいた。彼女は保健室登校生だったから、最初から式に出ないで保健室にいた。式が終わり、ほとんどの生徒が帰路についたのを見計らって、彼女は帰り支度を始めた。そのとき、養護教諭の先生は留守にしていた。
  • 5 よみ id:E6SDlUK0

    2011-11-30(水) 18:29:28 [削除依頼]
    >>4 彼女は白い折り畳み傘を鞄から出し、例の可憐な微笑みを浮かべて振り返った。 外、ひどい雨ですよ。葛城さんも気をつけてお帰りになって下さいね。 凛とした、澄んだ鈴のような声。彼女は誰に対しても、丁寧な言葉遣いを崩さなかった。それに、人を苗字でしか呼ばなかった。過去にたった一人、彼女がもっとも執着した人物を除いては。 貴方も気をつけて。また、二学期にね。 私のなにげない言葉に、彼女は動きを止めた。溜息一つ分の沈黙が流れたのち、彼女は決心したように顔を上げた。顎の位置で切り揃えられた黒髪がさらりと揺れた。 葛城さん。私、実はもう二学期には戻ってこないんです。 え? 転校するんです。今までありがとうございました。 こちらを見つめる大きな黒い瞳には、呆然と座っている私の姿が映っていた。 転校って……。 はい。父の仕事の都合で。 転校。父の仕事の都合。二学期には戻ってこない。桜色の唇からすらすらと零れる言葉を、私はぼんやりと反芻した。まるで現実味がなかった。 急な挨拶になってしまってごめんなさい。夏休みには向こうに行くんです。 そ、そう……。 彼女は淡々と話した。私はごく短い相槌を打った。ショックのあまり、喉がカラカラに乾いてしまって、やっとの思いで出した声は掠れていた。
  • 6 よみ id:E6SDlUK0

    2011-11-30(水) 18:31:10 [削除依頼]
    >>5 どこに行くの? いつ決まったの? 本当にもうこの学校では会えないの? どうしてそんなに落ち着いているの? 聞きたいことは山ほどあった。なのに、一つも言葉になってはくれなかった。私がほとんど無意識のうちに口にしていたのは、手垢のついた抑揚のない挨拶だった。 もう会えないなんて残念だわ。短い間だったけどありがとう。元気でね。 違う。こんなことが言いたいんじゃない。この子は、私にとって初めて仲よくなりたいと思った相手だったのに。これからもひそかに眺めていたいと思った相手だったのに。こんなにあっさり別れの挨拶を済ませてしまっていいの? もっと、もっとちゃんと伝えなければいけないことがあるはずなのに。心の中の激しい焦りは渦を巻くばかりで、彼女に伝わることはなかった。 私のそんな内心の葛藤なんて、彼女は知る由もない。今までと変わらない笑顔で言った。 ええ。葛城さんもお元気で。 それで終わりだった。保健室には私と彼女しかいなかった。保健室の窓の向こうから、雨音は途切れることなく聞こえてきた。やがて、彼女の声の残響も、雨音に紛れて遠のいた。
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