-眠たい夜明け-77コメント

1 ごん id:AnLf0De1

2011-11-26(土) 20:47:15 [削除依頼]


溶けて、溶けて

無くなってしまいたくなる時がある

泥まみれになって、傷だらけになって

空を見上げて泣いてみたくなる時がある


          ―33888888111.44444111
  • 58 ごん id:Y5DJebD/

    2011-12-04(日) 11:26:49 [削除依頼]


    つい先日、彼氏と別れたと言っていつになく落ち込んでいた姿はまだ記憶に新しい。失恋=髪を切るという古風な行動もつい二週間前ことだったはずだ。
    そして、そんな彼女が『彼氏できたの〜』とハートマークがつきそうな勢いでのろけてきたのは、髪を切った翌日のことだった。開いた口がふさがらないとはこのことだ。杏里とは中学からの知り合いだと言うゆかりは、もう慣れたように『そうか。よかったな』とクールに流していた。
    目の前で新しい彼氏について語る杏里は強かだ。髪もまた伸ばすのだと言う。
    「でさ! タナっちがひどいの〜」
    「うん」
    「この髪、かわいっしょ?」
    杏里はぬけぬけと言い放ち、髪を指でくるくると遊ばせる。確かに可愛いが。私は弁当の卵焼きを噛みしめながら、声に出さず頷いた。卵焼きは甘い。
    でしょ〜? と杏里は頬を膨らます。それでも眼鏡美女は眼鏡美女。
    「なのにタナっちは似合わないって言うの〜。てか、昭和かって笑われたーっ!!」
    「ああ。なるほど」
    私は、先日紹介されたタナっち(本名は覚えていない)を思い出す。あれはそうそう素直に褒めるタイプには見えなかった。目の前の杏里は可愛い。たぶん、照れ隠しだったというオチだろう。杏里は本気で膨れているのだが、はっきり言ってのろけにしか聞こえない。
    さてそれを指摘したものかと悩んでいるうちに、照れ隠しだろ、ともうご飯を食べ終えたゆかりがズバッと言った。
    「んぇ!?」
    本気でその可能性を考えていなかったようで、目を見開くとそのまま頬を一刷毛赤く染めた。この幸せ者。
  • 59 ごん id:Y5DJebD/

    2011-12-04(日) 12:02:51 [削除依頼]


    また卵焼きを口に放る。甘い。私は思わず、はぁ……、とため息を零した。そして、顔を上げるとゆかりと杏里が怪訝そうな顔で私を見ていた。
    「どうした佐古」
    「ユズリンなんかあった?」
    「あ、いや別に」
    「てか、なんだその弁当」
    「うわ本当だ! 卵焼きばっかり!?」
    二人の視線は私の薄いブルーの弁当箱に半分ほど敷きつめられた黄色いそれ。残り半分は杏里の愚痴(いや、のろけ)を聞きながら食べ終わらせた。
    なんで? なんでだ? と尋ねる二人の質問には答えず、私は
    「食べる?」
    と残りの卵焼きを差し出した。
    甘い甘い、卵焼き。

    これには深いようでとてもくだらない理由がある。
    私はまた一つ卵焼きを口に頬張りながら、景見の野郎……、と恨めしく呟いた。
  • 60 ごん id:Y5DJebD/

    2011-12-04(日) 13:01:57 [削除依頼]


    ことの始まりは一週間前。私が食事当番だった朝の話だ。


    「……なんだこれ?」
    「なんだ、って何」
    「これ、卵焼き……か?」
    「他に何に見えるのよ」
    景見はいの一番に私の作った卵焼きを食べた。そして、出た言葉が『なんだこれ?』だ。
    私が眉をひそめると、それ以上に彼の方が眉をひそめた。そして言った。
    「甘すぎなんだよ」
    「え?」
    私は慌てて卵焼きを食べた。口の中に広がる甘い香り。でもそんなにしつこくない。いつも作っている我が家の卵焼きの味だった。
    「普通じゃん」
    と言うと、彼は信じられないと言うように顔をしかめた。
    「これじゃおかずになんねぇよ」
    「なるよ」
    「お菓子じゃんかこんなに甘けりゃ」
    「だから普通だよ」
    「だから普通じゃねえんだよ!」
    私たちはちゃぶ台を挟んで睨み合う。そこへ、おはようございますー、と中原さんの声が聞こえた。時刻は7時30分。中原さんは祖父ちゃんの朝ごはんを用意するためにいつもこのくらいの時間にやって来る。私は慌てて立ち上がると、玄関に向かった。
    おはようございます、と玄関の戸を開ける。目の前にはいつものエプロン姿の中原さんがいた。薄いピンクのエプロンには『小梅田』と書かれている。中原さんの会社の名前だ。
    彼女はいつものように目じりにしわを寄せて微笑む。梅の花がほころんだようで、こちらも自然と笑みがこぼれた。
    そして中に入ったと同時に奥の廊下から景見が出てきた。
    「んじゃ、俺もう出るから」
    「え? もう」
    「ん。ごちそうさま。いってくる」
    「いってらっしゃい」
    「あら景見くんいってらっしゃい」
    「いってきます」
    そう言って景見はそそくさと出勤した。

    居間には食べかけの卵焼きが残っていて、ムッとした。
    彼が朝ごはんを残すのはそれが初めてのことだった。
  • 61 ごん id:Y5DJebD/

    2011-12-04(日) 14:16:51 [削除依頼]

    その翌朝。今度は景見が当番の日だった。

    「これが卵焼きだ」
    そう言って出された卵焼きは見た目はあまり変わらない。一口齧り、私はむせた。
    「な、何これ」
    「卵焼きだ」
    「しょっぱいよ!」
    久世家の卵焼きは塩味だった。佐古家ではありえない。私はゴホゴホとむせた喉を落ち着かせるため、味噌汁をすすった。そして、ブハッとまたむせ返る。久世家の味噌汁はかなり塩辛かった。
    目の前の男は、何ごともないように普通に味噌汁をすすっていた。……ありえない――ありえない!

    その日から、私たちは暮らしていくうちに何かとお互い合わないところを見つけた。
    甘党の私と違って、彼は塩辛いものが好き。風呂は熱め好き、彼はぬるめがいい。細々としたすれ違いにいらつく。お互いに、なんで分かんないんだ、と釈然としない苛立ちを覚えていた。


    そして、ついに昨日景見がキレた。
    ああーっ! もう! やめだやめっ!!
    その日は彼の当番の日で、相変わらず塩辛いメニューに私は辟易していた。そして、その様子を見ていた彼がそう叫んだのだ。やめだ、と。
    「もう料理はそれぞれで作るってことでよくね?」
    「え……」
    「だって、もうなんかダメだしよー」
    「そうだけど」
    んじゃ、明日からそういうことで。
    勝手に決めて、彼はすでに食べ終えた食器を片づけた。私はその背中を呆然と見やりながら、何かが違うと思った。
    確かに合理的ではある。
    でも、本当にそれでいいのか。解決策としてそれは正しいのだろうか。私は釈然としない想いを抱えたまま、目の前の味噌汁をすすった。やはり、その味噌汁は私には塩辛すぎた。目に涙が浮かぶほどに。
  • 62 ごん id:Y5DJebD/

    2011-12-04(日) 14:40:19 [削除依頼]


    翌朝、早起きして卵全部を使って甘い卵焼きを作ったのは完全に当てつけだった。彼は目に見えて嫌そうな顔で舌打ちをした。ざまあみろ、と思ったが出来上がった山もりの卵焼きに途方に暮れることになった。私はいつもちょっと考えが足りない気がする。衝動的にやって、あとからやっちまった、と後悔するのだ。彼は困り果てた私の顔を見て、
    「ざまぁ」
    と鼻で笑った。きっとネットだったら、後ろに「ww」が生えていたに違いない。悔しくて悔しくて、思い切り足を踏んでやった。


    そうして出来上がったのが、卵焼きだらけのお弁当である。
    「ん〜。おいし。ユズリン天才」
    「甘いな。でも美味い」
    気が付いたら、ゆかりと杏里が私の勧めた卵焼きをすでに口に運んでいた。評判は上々のようだ。
    「いい嫁さんに慣れるぞ」
    とゆかりが妙にじじ臭いことを言った。
    私は、旦那が塩辛いの好きだったら即離婚だよ、と答えて、ほとんど押し込むように卵焼きを頬張った。
    「あ、メールだよー」
    そう言われて机の上においた携帯を見ると、確かに着信ランプが光っていた。メールを開く。景見からだった。仕事で今日は帰れないから祖父さんよろしく、とのことだった。そういえば彼は夜いないことが増えると保坂の家に来る前に言っていたような気がする。
    私は、了解、と絵文字も何もつけずそっけないメールを返した。
  • 63 ごん id:Y5DJebD/

    2011-12-04(日) 14:45:01 [削除依頼]
    >いい嫁さんに慣れるぞ→×
    >いい嫁さんになれるぞ→○
  • 64 ごん id:WEHJX6g.

    2011-12-05(月) 19:57:39 [削除依頼]


    机に並ぶのは、鮭のムニエルと野菜炒め、それから弁当に詰めきれなかった分の卵焼き。
    いただきます……と呟いてから、箸をキャベツにつけた。そして、じっくりとそれを眺めた。緑色が目に優しい。机の端っこに置いた黄色いそれはなるべく視界に入れないように心掛ける。口の中に広がる胡椒の香りとキャベツの甘みに歓喜した。しばらく卵焼きはつくらない、と決意した。
    しかし、残念ながら、今、その決意を伝える相手がいなかった。
    保坂の家に来てから初めての一人で晩ご飯。なんだか急に味気なくなったような気がするのは気のせいだ、と意地を張ってみる。余計に虚しくなった。


    祖父ちゃんは相変わらず大音量でスポーツニュースを見ていた。電気のスイッチを三回押す。
    パチ、パチ、パチ――
    いつの間にか自然にできた合図。祖父ちゃんはTVの音量を下げた。そして、ユズリかい? 景見かい? と尋ねた。最近は、二人一緒ではなくそれぞれで顔を出しに行くようになっていた。
    「お祖父ちゃん、今日はどう?」
    「いたって変わりありゃせんよ」
    「よかった」
    枕元の横へ座る。そこにはいつも座布団が敷きっぱなしになっているのだ。祖父ちゃんは、私を見て怪訝そうな顔をした。
    「どうかしたのかい」
    「え?」
    「浮かない顔をしてるよ」
    そう言われて、反射的に顔を押さえてしまう。それが可笑しかったらしく、祖父ちゃんは「カハハハ」と笑った。そして、ちょっと苦しそうに咳き込んだ。
    「だ、だいじょうぶ!?」
    「へ、平気さ」
    「良かった……」
    「で、どうしたさ」
    「えっと……」
    「景見となんかあったのかい?」
    どうしてお年寄りと言うのはこう鋭いんだろう。年の甲というやつか。
    どうっていうかね……。上手くいってないのかい? いってないと言えばいってない。
    私は、景見とのことを事細かに話した。祖父ちゃんはそれを少々難しい顔で聞いていたが、卵焼きの件に来たところでこらえきれないとばかりに吹きだした。そして、また苦しそうに咳き込んだ。
  • 65 ごん id:WEHJX6g.

    2011-12-05(月) 21:05:42 [削除依頼]


    何もそんなに笑わなくても。そう少しむくれると、祖父ちゃんは、悪いねー、と全く悪くなさそうに謝った。そういうところ、景見に似てる。否、景見が祖父ちゃんに似てるのか――、改めて血の繋がりを感じた。
    そして、ふっと真面目な顔になった。皺くちゃなまぶたの向こうの意外に強い視線に私は思わず息をのんだ。
    ユズリ。
    静かな声。
    はい、と答えた声は少し掠れていた。
    「人と暮らすってどういうことだと思う?」
    「えっと……」
    私は口ごもってしまう。質問の意図が読めない。もっとも期待していなかったようで、私の答えを待たずに祖父ちゃんは続けた。
    「人と暮らすって言うのはね、”同じ釜の飯を食う”ってことだと思うんだよ、俺は」
    「同じ釜の飯……」
    ああ、と思った。あの時釈然としなかった理由が分かった気がした。
    「一緒に暮らしてるんだから、同じ釜の飯を食うのは道理だよ。それは曲げちゃいけねぇと思うのよ、俺は。年寄りの古臭い考えかも知れんがね」
    「……ううん」
    「あんたらはね、そこで別々にするって結論を出しちゃいけんかった。相手に無理に付き合うんじゃない、相手に押し付けるんじゃない。一緒に暮らしていくんだから、どこかですり合わせていかなくちゃいけなかったんだよ。すり合わせる努力をしなくちゃいけなかったんだ」
    「…………うん」
    あくまで静かな声。なのに強く叱られているような気分になったのは、祖父ちゃんの言うとおりだったからだ。私たちは一緒に暮らすための努力を怠ったのだ。
    景見、と胸中で呟く。私たち、馬鹿だね。
    気がつけば、どうしたらいいの? とずいぶん情けない声を出していた。
    祖父ちゃんは、簡単さね、と笑う。
    「やり直せばいいんだよ。あんたらにゃまだそれができる」
    「難しい……」
    なんだか途方もないような話に感じられた。できるだろうか、私に。私たちに。
  • 66 ごん id:WEHJX6g.

    2011-12-05(月) 22:12:35 [削除依頼]


    だって一緒に暮らしてたったの一週間で喧嘩したのに、と愚痴ると、祖父ちゃんは、たいしたこたーないよ、と言った。
    「どんなに仲のいい親友同士でも、海外旅行で一週間もべったりくっついてりゃ喧嘩する。ましてや、おまえらなんざほとんど初対面みたいなもんなんだからぶつからない方が可笑しいのさ」
    ここが一山だ、と。ここを越えさえすればまずはなんとかなる、と。
    「本当?」
    半信半疑でいると、力のない拳で膝を叩かれた。年寄りの言うことにゃ耳を貸すべきだ、と。私は忍び笑って、うん聞くよ、と返した。


    翌朝、景見が帰宅した。玄関まで出迎える。
    「おかえり」
    「……ただいま」
    そして、そのまま自分の部屋に帰ろうとした景見を呼びとめた。
    「ねえ、朝ごはん食べた?」
    「まだだけど?」
    私はちょっと息を止めて、一息に言う。
    「朝ごはん景見の分も作ったから」
    「……は?」
    景見はぽかんと口を開いていた。なんだかいたたまれなくなって、私は背を向けると
    「じゃあ、もう行くね」
    と玄関を飛びだした。


    「また卵焼き弁当ー!?」
    「何、佐古。卵焼きマニア?」
    「ちょっとね……」
    私はちまちまと卵焼きを食べる。横から細い指が伸びてきて、卵焼きをつまんでいった。ゆかりだ。
    ゆかりはそれをぱくりと口に含むと、ん? という顔をした。
    「どうしたのゆかりん」
    「甘くない……味、変えたのか?」
    「うん。甘さ押さえてみたの。どう?」
    「これも美味い」
    「私も食べる!」
    杏里もフォークで刺して遠慮なく口に含むと、おいし、と可愛らしく微笑んだ。
    良かった。私はほっとため息を落とす。甘くない卵焼きは初めてでちょっと心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。
    ……景見も、食べてくれたかな。ちゃぶ台の上に置いてきた甘さ控えめの卵焼き。
    「まあ、これなら離婚されないな」
    「は?」
    唐突なゆかりの発言に目を見張る。そして、昨日の自分のセリフを思い出す。ああ、確かにそんなようなこと言っていたような。
    「あれ? ユズリン顔赤い?」
    「赤くないよ」
    「そう?」
    ゆかりは知らん顔でまた一つ卵焼きをつまんでいった。どこまで分かっているのだろう。聞いてみたいような衝動に駆られたが、藪蛇になりそうなので何も言わないことにした。

    掃除の時間、メールが一件届いた。
    『美味かった。あんがと』
    差出人は景見。ああ、食べてくれたのか。
    どうしたの?
    そう箒を差しだる杏里に聞かれて、ハッと緩んでいた顔を引き締める。
    そして、なんでもない、と返すと、慌てて箒を受け取った。それからちょっと思い立ちまた携帯を開く。

    受信メールボックス。サブメニュー。保護。
    『保護しますか』
    『はい』
    『保護設定しました』

  • 67 ごん id:WEHJX6g.

    2011-12-05(月) 22:40:46 [削除依頼]
    00〔22:20〕


    黄味がかった月を見ていたらなんとなく思い出した『卵焼き事件』(この名前は事件の割とすぐ後につけられた)。
    そのことを景見に言ったら、懐かしい、と彼は笑った。
    「ちょっと大人げないかなーて謝ろうと思ってたのにー」
    「……半分本気だったくせに」
    「半分な?」
    月が一瞬厚い雲に隠れた。彼の顔に影が差す。きっと私の顔にも影が差しているんだろう。明るかった夜が急に暗くなる。

    でも、ユズリがマジでやるとは思わなかった。
    うるさい。
    取り消そうと思ったら、あの大量の卵焼きだよ。
    うるさい。
    すました顔して、ぶっとんだことやるんだもんなー。
    うるさいってば。
    はいはい。

    爽やかな夜風が髪をさらう。雲が晴れ、また明るい月が顔を出す。
    「でも、悪かったとは思ってるんだぜーホント」
    ちゃんと、食べてやればよかったな。甘いのも。
    そう囁く彼の声はとびきりに甘かった。
  • 68 ごん id:WEHJX6g.

    2011-12-05(月) 22:50:47 [削除依頼]


    実は甘いのも全く食べられないわけじゃない、と言われたのはあの事件か一か月経ったころだった。
    『ただ甘いものがおかずっていうのが許せなかっただけで』
    ぬけぬけとそう語る彼の口をよっぽどホッチキスで止めてやろうかと思った。しかも、あの卵焼き事件の日に私に謝ってちゃんと当番制でやろうとしていたというのだ(その真偽は分からないが)。
  • 69 ごん id:WEHJX6g.

    2011-12-05(月) 23:03:55 [削除依頼]


    ぷんすかしながら、祖父ちゃんにそのことを語ると、
    『だから言っただろうに。”簡単だ”って』
    と何もかも分かったような顔で笑っていた。

    本当だね、祖父ちゃん。
    拍子抜けするぐらいにくだらない話だったよ。

    でも結構思い出して笑えるから、いいよね。
  • 70 ごん id:WEHJX6g.

    2011-12-05(月) 23:38:09 [削除依頼]
    03〔それはそれは愛しいそれ〕


    丸くてふわふわした毛玉のようなそれ。
    巨大化した毬藻のように見える。色は深い深い森の緑。手のひらにちょこんと乗るそれは生き物の温かさをしていた。陶器のような冷たい手をしていた私の手に、その温もりがじんわりと染み込むように伝わる。思わずぎゅっと優しく握りこむようにそれを包んだ。
    するとそれは怯えたように手の中で暴れ出した。
    びっくりして手を離すと、昔捕まえたカエルのように、ピョーンと手の中から飛び出してコロコロと転がっていった。毛むくじゃらで、目も鼻もどこにあるのか分からないそれ。
    ごめんね、と謝ると、それはびくっと体(と言ってもよいのだろうか?)を揺らすと、
    「にゅっ」
    と鳴いた。まるで「いいよ」と頷いたかのようだった。


    イチョウの葉が真っ黄色に染まり切った10月下旬。秋声にちょっと侘しさを感じる。冬服のブレザーのポケットに手をつっこみながら、そろそろ手袋を買おうと決意する。
    もう一カ月以上が経過し、すっかり歩きなれた細い路地。その路地を右に曲がったところで、私はうっかり”それ”を踏みかけたのだ。
  • 71 ごん id:Mr1fPVI/

    2011-12-09(金) 20:06:34 [削除依頼]


    ほとんど衝動的に持ち帰ってきてしまったそれ。
    「どうすんだよ」
    と景見が不機嫌そうにそう言った。しかし、好奇心にはあがらえなかったらしい。
    いつのまにか彼はそれを大きな手のひらの上で転がしていた。そして、それが苦しそうに「にゅっにゅっ」と鳴くと、慌てて転がすのをやめた。頭(もしかすると尻かもしれない)をヨシヨシと撫でている姿は、可愛らしかった。

    それは、当たり前のように保坂の家に居着いた。
    「飼う」というより、「同居」と言う言葉のほうが何だかしっくりくる。
    食事をどうしようか悩んだが、庭から勝手に調達してきていることが分かったので苦労はしていない。それは、土を食べていた。手もないそれは、土に顔を直接つけて(だと思われるが相変わらず、目も鼻も口もどこにあるか分からないが)、びくびくと体を震わせた。
    しばらくして起き上がったそれにまるで盗み食いのあとのように土がべったりとくっついている。
    寝るときは、私の部屋で寝る。と言っても、私と一緒に布団で寝るわけではない。部屋の隅に置いてある古い桐箪笥。その隣には真新しい本だな。その箪笥と本棚の間のスペースに隠れるようにして、それは寝る。
    しっかりと「ゅー……ゅー……」と小さな寝息を立てている様子がなんとも愛らしい。
    私はそれをそっと眺めながら、まどろみ、そしていつしか眠りにつくのだ。
  • 72 ジャック id:EjZZuKN0

    2011-12-09(金) 22:07:13 [削除依頼]
    この緑の丸いのってもしや、マのつく生物ですか?

    しかしこの生物鳴くんですね。読者が想像できるような描写力、いいですね

    因みに今頭の中で、その生物が本棚の隙間にいるイメージが浮かんでますww


    キャスフィ小説大賞一次審査突破おめでとう。
    なんとか、こっちも突破できましたよ^^

    では更新待っておりまする
  • 73 ごん id:uv4U3Gv.

    2011-12-10(土) 11:27:55 [削除依頼]
    >72ジャック さぁ…見た目はマのつく奴だと思いますけど……正体不明ですw いえいえそんなっ イメージが浮かんでもらえてすごく嬉しいです はいっありがとうございます^^ そちらもおめでとうー!!
  • 74 ごん id:CJLsvNW/

    2011-12-13(火) 20:53:35 [削除依頼]


    祖父ちゃんも可愛いらしいそれを気に入り、私が顔を出しに行くたびに「”坊”はいるかい?」と尋ねた。そして、それは私の手を飛び出し、祖父ちゃんの顔へ飛びつくのだ。祖父ちゃんはくすぐったそうに笑いながら、それを大事そうに手の中に抱くのだ。それは、祖父ちゃんの手の中で心地よさそうに「にゅー」と鳴いた。
    もうそれはすっかり家の中に溶け込んでいた。


    帰宅してすぐにそれが寄ってきたことに驚いた。いつもなら、にゅっ……、と小さな声でひと鳴きするだけなのに。私が手を差し出すと、それは器用に跳ねて私の手のひらに乗っかる。
    「どうしたの?……あ」
    顔に近づけて尋ねたとたん、それが飛び降りてしまった。着地したのは肩にかけていたスクールバック。そして、大きな声で
    「にゅっ! にゅっ!」
    と鳴いて幾度も跳ねてみせた。私はバックの中身を思い出し、あ、と声を上げた。
    どうやら、それはとても鼻がいいらしい。

    「にゅ! にゅ!」
    それが嬉しそうに私の周りを跳ねまわる。私は踏んでしまわないように注意しながら茶の間に入ると、ちゃぶ台の上にクッキーを置いた。杏里が作ったクッキー(来週のタナっちの誕生日に作るための練習作品)だ。
    それはピョーンと勢いよく飛びはね、ちゃぶ台の上にある意味華麗に着地した(着地した瞬間に勢い余ってころころ転がっていったのだ)。そして、いつも土を食べている時のようにクッキーにべタンと顔をつけた。なんの音もしないが、体がびくびく震えているのとクッキーが確実に減っているのとで、ちゃんと食べていることが分かった。どうやらクッキーをお気に召したらしい。非常にゆっくりなペースだが、休むことなくただひたすら食べている。
    私はクッキーに手を伸ばし一つ掴むと、カリッと一口食べてみた。予想通り、結構甘い。杏里らしいと言えば杏里らしい。果たしてタナっちが甘いものを食べれるかどうかは疑問だが、甘党の私には嬉しい甘さだった。
    玄関が開く音がする。そして、私のとも中原さんのとも違う足音が近づいてきた。
    「たーだいまー」
    「おかえり、早かったね」
    「今日は外から直帰したんだよ」
    ネクタイをゆるめながら、景見は髪をグシャグシャと掻き乱す。せっかく整えられていた彼の髪が鳥の巣のようになっていた。
    「ん? なにそれ?」
    「クッキー」
    「ユズリが作ったのか」
    「友達が」
    だよなー、といくらか引っかかることを呟きながら、
    「一個もーらい」
    とクッキーを丸ごと口に放り込んだ。あ、美味い。そう言ってさっさと飲み込んだ彼はもう一つ口に放りこんだ。
    「あれ?」
    「ん? なんだよ」
    「景見、甘いもの大丈夫なの?」
    景見は怪訝そうな顔をして、嫌いなんていったことねーぞ、ともう一つ、今度はゆっくりとクッキーを口にした。
  • 75 ごん id:CJLsvNW/

    2011-12-13(火) 21:42:39 [削除依頼]


    しれっと言った彼の言葉に私は驚いた。今の今までずっと彼は甘いものが苦手なんだとばっかり思ってきたのに。
    「じゃあ『玉子焼き事件』は何だったの」
    忌わしい一か月前のあの事件。あれから一週間は卵を見たくなかった。自業自得だと言われてしまえばそこまでなのだが。
    あれはそもそも景見が甘いのが嫌だといったことから始まったのではなかったのか。そう問い詰めると、失礼なことに彼は吹きだした。
    「やべっ……思い出したあの玉子焼きマウンテン!!」
    腹を抱えて笑う彼。
    「ちょっ……――」
    「アハハハハっ!! まじ漫画かって―の!」
    「ちょっと……――」
    「また見て―な玉子焼きマウンテン。ユズリやってよ。ハハハハっ!!」
    やってたまるか。
    私はいつまでも笑い続ける彼に静かにキレた。クッキーを鷲頭かむと、それを大きく開いた彼の口に放り込む。ふんがっ! と変な音が彼の口から漏れた。私はフンっとそっぽを向いて、彼のうらみがましい目線を無視した。
    ちゃぶ台の上では、まだそれが一生懸命クッキーを食べていた。私たちの騒ぎなんか眼中にないらしい。
    ポリポリポリポリポリポリ――
    彼がものすごいスピードで口の中のクッキーを全て飲み込んだ。そして、びっ……くりしたー、と息を吐いた。
    「すました顔でとんでもないことやりますねユズリさん」
    「そう?」
    「その涼しげな表情崩して―!」
    「大げさだよ」
    私はゆかりみたいなポーカーフェイスではない。あまり大げさに顔の表情を動かさないだけだ。というか、彼がオーバーなのだ。

    実は甘いのも全く食べられないわけじゃない、とクッキーをおなかいっぱい食べて寝てしまったそれを手の上に乗っけながら、彼はバツの悪そうに語った。
    「ただ甘いものがおかずっていうのが許せなかっただけで 」
    なんて、言い訳がましく付け加える。
    その口ホッチキスで止めてしまいたい。
    そう物騒なことを考えてしまうのも無理はないと思う。
  • 76 ごん id:rxq8TNS1

    2011-12-21(水) 21:32:07 [削除依頼]


    それとの生活はひどく穏やかで温かかった。
    「”坊”はどこだい?」
    「”マル”は寝てるのか?」
    それを通じて前よりもずっと祖父ちゃんや景見と話すことも増え、保坂の家自体が明るくなった気がした。
    だんだんと心地よく変わっていった生活。しかし、私はしばらくそのことに気が付いていなかった。ただなんとなく、ああいいなあ、と思っていただけだった。
    それのおかげで保坂の家がだいぶ変わっていたことに気がついたのは、もっと後のことだった。気がついた時には、もうそれはいなくなっていた。


    それは、秋が終わるとともに消えた。突然、姿が見えなくなったのだ。
    私はそれの寝どこ(箪笥と本棚の間)や縁側の下、彼のチェックシャツのポケットの中(それはそこもお気に入りだった)を覗いてみた。それはどこにもいなかった。 外を探してみたりもしたが、結果は変わらなかった。
    あちこち探し疲れて、家に戻ってくると縁側に景見が座っていた。私は庭から縁側に上がり、彼の横へ座る。
    「んな顔してんな」
    と彼が言った。私はよほど途方に暮れた顔をしていたらしい。
    「いなくなっちまったもんはしょうがねぇだろ」
    妙に醒めた口調。もともとよく分かんないやつだったんだからさ、と彼は窓の外を見つめながら言う。彼の眼はよくそれが転がって遊んでいた落葉の山に向けられていた。
    「いなくなっちゃったね」
    「あっさりな」
    「寂しいね」
    「全然」
    「……そう」
    嘘だな、と思った。彼はそれが大好きだった。夜中に帰ってきたときにこっそり私の部屋に入ってきて、それを撫でていたことを私は知っている。
    そんな光景を思い出すと、なんだか泣けてきた。視界がぼやけて、世界がゆらぐ。
    「あーよしよーし。寂しいでちゅねー。心優しい景見くんが慰めてあげますからねー」
    彼が私の頭をくしゃくしゃに撫でながら、おどけた口調でそんなことを言う。それでもしんみりした空気になってしまうのは、彼の声が少し湿っているせいだろう。私は彼の顔を見上げないまま、ちょっとだけ彼に近づいた。ちいさな野球ボール一個分――、見えないそれが入りそうな間を空けて。
    「お?」
    「慰めてよ」
    「ずいぶん素直じゃねーか」
    「まあね」
    「じゃあずっと撫でててやるから、思いきり泣いてろ」
    「了解」
    私はもっともっとポタポタと涙を零した。強がってばかりで泣けない隣の男の分まで、たくさんたくさん。秋風が私たちの隙間を通り抜け、爽籟が耳に悲しく届く。もう愛しいそれが「にゅ!」と鳴いて出迎えてくれることはもうないのだ。


  • 77 ごん id:Tp2VPYw.

    2012-01-07(土) 21:50:29 [削除依頼]
    目次(仮2) >1 序章:good-bye 00〔別れの夜〕>3+4 第一章:identity-crisis>5 01〔どろんどろん〕>6-11 00〔PM21:15〕>12 02〔陽炎のよう〕>13+14+17-21 03〔徒雲〕>22+24-26+28+30 00〔PM22:10〕>31-33 04〔秋の夜月に〕>34-40 第二章 the ***'s way of life>42 01〔コスモス〕>43-46+49-52+55 02〔ぎちょんぎちょん〕>57-66 00〔PM22:20〕>67-69 03〔それはそれは愛しいそれ〕>70+71+74-76
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