鈍感君ライフ53コメント

1 月 id:59.HKZH0

2011-11-05(土) 09:12:27 [削除依頼]
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 近年巷では、地球温暖化と呼ばれる現象が地球規模で騒がれている。それに伴い、エコやら省エネやらリサイクルやらといった言葉が、まるで流行りの歌のように謳われ、世界中で様々な活動が行われているようだ。僕個人の意見としては、そういうのをアピールするためのポスター等を作る時点で一種の無駄になっているとか、二酸化炭素排出削減を目指すなら車を一切使わなくすればいいのにとか思っているのだが、そんなに簡単にいかないのが現状ということくらいは僕も分かっているつもりだ。
 それにしても、暑い。とにかく暑い。僕だけではなく、周りを歩く他の人たちも、確実にそう思っていることだろう。少なくとも、並の暑さではない。今なら、地球温暖化を防ごうと奮闘する人々の気持ちが痛いくらいに分かる。
 いかん、暑過ぎて意識が朦朧としてきた気がする。頭を働かせるために、とりあえず今の現状を改めて最初から振り返ってみることにしよう。
 僕の名前は山城零(やましろれい)、地元の進学校に通う十七歳の極平凡(と思っている)な高校二年生。血液型はA、誕生日は九月十七日で、好きな料理ハンバーグ、嫌いな料理ハヤシライス。よし、ここまではオーケーだ。
 今日は日曜日で、朝九時に起床。毎朝六時起床をモットーにしている僕にとってはかなり遅い時間だったので肩を落としながら部屋を出て、顔を洗い、朝食を食べ、着替えて、家を十時に出た。そこから徒歩十分の駅まで歩いて、切符を買ってから、十時五十分発の電車に乗った。
 そういえば、そこで急に睡魔が襲ってきたから少し寝ることにしたんだっけ。九時まで寝ていたというのに、いつの間に僕の体にはそんなに疲労がたまっていたのだろう、謎だ。で、起きたら目的の駅のアナウンスがあってたから急いで横に置いていた荷物を持って電車を出たんだ。
 それから、すぐ近くのこの街まで歩いてきて、ベンチで休憩をすることにした。そこでバッグの中を見て、財布が無いことに初めて気づいたわけである。
 なるほど、なんという単純な話。
 ということは、一番確率が高いのは、電車の中に置き忘れたといういかにもよくありそうなパターン。多分、慌てていたから財布を落としたことに気が付かなかったのであろう。
 そうか、そういうことだったのかと納得したところで、現状は一切変わらない。ただひたすらに虚しくなるだけなのだった。
  • 34 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:05:19 [削除依頼]
    誤字発見 
    33ことら→こちら
  • 35 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:05:41 [削除依頼]
     彼女はしばらく僕の顔をぼんやり眺めていたが、はっとしたように首を振ると、真っ赤な顔で訊いてきた。
    「明日香は? 明日葉明日香はどこ?」
    「何いってんのさ、もう帰ったよ」
     きょろきょろと辺りを見渡して、彼女は悔しそうに下唇を噛んだ。
    「明日葉明日香、ね。覚えておくわ。次会った時は、覚悟しときなさいよ……」
     ひとり言のようにそう呟く。いつの間に彼女と明日葉明日香との間に因縁が生まれたのだろうか。謎だ。
     ふと、明日葉明日香が残した最後の言葉が気になった。
    「ところで村雨、さっき外で、なんて言おうとしてたんだ?」
    「!」
     びくっとしたような仕草で彼女は僕を見る。またしても顔が赤い。そろそろこいつはオーバーヒートでもするのではないか。
    「お前、今日、顔赤いぞ。熱でもあるんじゃ……」
    「うるさーい!」
     僕の言葉を遮っていきなり叫んだ彼女は、僕の足を思いっきり踏むと、勢いよく席を立って、逃げるように店から出ていった。
     残されたのは、足の激痛に悶える僕と、何事かと僕を見る他の客、そして呆然と立ち竦む店員たちだけだった。
  • 36 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:06:34 [削除依頼]
     時刻は午後五時を回ろうとしているが、外は余裕の明るさを保っており、まだまだ暗くなる様子はない。
     そんな空を眺めながら、僕は一人虚しく、とぼとぼと家路に着いていた。遠くではしゃぐ子供たちの声が微笑ましい。ここでカラスでも鳴いていたら最高だな、とよくわからない想像をする。
     あの後、一人になった僕がしばらくその場を動けずにいると、ここぞとばかりに店員が駆け寄り、満面の営業スマイルで注文を取り始めた。なんとなく怒りに近い何かを感じつつも、とりあえず定番のアイスココアを頼み、優雅なブレイクタイムを楽しんだ。一人で。会計の時、「大変なんですね」と店員が耳打ちしてきたことが特に印象的だ。
     なぜ村雨が最後の最後に怒りだしたのかが、今日最大の謎である。途中までなかなかの雰囲気だと思っていた矢先のあれだから、もはや僕には彼女を怒らせない日はないのかもしれない。当然、原因は知らないが。
     とりあえず、今日は帰ったら早く寝ようと思う。いつまでも憂鬱な気分でいるわけにもいかない。答えてくれるかはわからないが、理由は明日問いただそう。
     数分で家に着いた。玄関の前に立ち、ガチャリとドアを開ける。
    「ただいまー」
    「お帰り、わが弟よ!」
    家に入った瞬間、目の前に何かが飛び込んできた。避ける暇もなく、僕はその突撃をダイレクトに受けて、床に倒れこんだ。
     それが誰なのかは、見なくてもわかる。姉である、城山未来(みらい)だ。
  • 37 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:06:58 [削除依頼]
    「遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ」
     彼女は僕に抱きついたまま、頭をくしゃくしゃと撫でてくる。僕はと言えば、ガッチリと決め込まれているためか、まったく身動きができない。
    「ね、姉さん、とりあえず退いて」
    「なぜだ? 再開を祝して、しばらく抱擁を楽しもうではないか」
    「いや、そうじゃなくて、息が……」 
     胸に顔を埋めているような体勢のため、だんだんと呼吸が怪しくなってきており、しゃべるのもやっとといった状況である。正直、これは結構やばい。
    「ふむ、ならしょうがないな」
     名残惜しそうにそう呟いて、姉さんはようやく僕を解放した。さっそく深呼吸をして新鮮な酸素を取り込む。数回繰り返したあと、僕は彼女に向き直った。
    「姉さん、何度も言ってるけど、プロレス技は止めようよ……」
    「何を言っている、私はプロレス技なんて一切使っていないぞ。ただの抱擁ではないか」
     きょとんとした顔で首を傾げる彼女。そこには、悪びれた表情は一切見えない。僕は大きなため息を吐いて立ち上がると、彼女を無視して居間の方へ向かった。
     姉さんは高校三年生で、僕と同じ高校に通っている。容姿端麗、成績優秀とは、学校でよく耳にする姉の評判だ。確かに、肩までまっすぐ伸びた髪に黒ぶちの眼鏡をかけたその姿や、武士のように硬派なしゃべり方からは、一見するとどこかの生徒会長のような風格さえ感じられ、、弟である僕から見ても、美人だとは思う。成績も、常に十位以内に入っているし、普通に頭もいい。まさに非の打ちどころがない生徒だと言えよう。
  • 38 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:07:21 [削除依頼]
     しかし、それはあくまで学校の中での話。ギャップというのは、誰にでも必ずついてくるものなのだ。
     うちの家は、父親は単身赴任、母親は仕事で毎日帰ってくるのが朝なので、夜は僕と姉さんの二人で過ごすことが多い。そのため、家事は僕たちがすることになっており、基本的には姉さんが食事担当、僕はそれ以外、という感じだ。なぜ姉さんが担当なのかと言えば、無論、僕が料理できないからである。
     そんな環境のせいなのかは知らないが、彼女は、毎日僕にいろんな形で絡んでくる。じゃれてくると言った方が正しいのかもしれない。とにかく、必要以上にコミュニケーションを図ってくるのだ。
     もちろん、それが彼女なりの愛情表現だとは分かっているし、別に悪いことではないとは思う。しかし、問題はその限度だ。
     さっきも見たように、姉さんは、時に僕の命の危険があるほどのことを平気で遣って退けてくる。そして本人にはそれをしている自覚がないというおまけつきであるから、なおのこと怖い。彼女は、あくまでただ僕と遊んでいるだけという意識しかないらしい。
     つまり、僕が言いたいのは、学校では完璧そうに見える姉さんでも、家では結構な天然だということだ。まあ自宅なんだし、ほとんど僕と二人きりだから、そんなに問題はない話ではあるのだが、さすがにプロレスまがいの技を無意識にかけてくることだけは止めてほしい。
    居間に入ると、テレビでは何かよくわからない演劇みたいなものが映っていた。確か、こんな時間にこんなのやってなかったはずである。となると、可能性は一つしかない。
  • 39 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:07:50 [削除依頼]
    「姉さん、またDVD借りてきたの?」
     後ろから僕を追いかけてきた姉さんにそう問いかける。彼女はああ、と答え、胸に手を当てて語りだした。
    「なあ、零よ。芝居というのは、素晴らしいものだとは思わないか?」
    「特に思い入れはないけど」
     姉さんはそこで一つため息をついて、僕の顔をじとっと見た。眼鏡がきらりと光っている。
    「まったく、これだから今の若者は……」
    「一歳差じゃん」
    「もういい。とりあえず、お腹が空いたからごはんにしよう。話はそれからだ」
     そう言い残して、台所の方へ向かう彼女。その後ろ姿を見送って、今度は僕がため息を吐き、椅子に腰を下ろした。
     姉さんは、芝居通とでもいうのだろうか、劇とか舞台といった、演技をするものを見るのが大好きらしい。よくどこかから何枚かのDVDを借りてきては、深夜遅くまで観ていることがある。それはおそらく、一種の憧れからだろうと思う。彼女は、そういった演技を、自分でやってみたいのだ。普段の行動を見ていると、なんとなくそういう気持ちが伝わってくる。
     実際、高校では演劇部に入りたかったという。しかし、今僕たちが通っている学校には演劇部がないため、その願望も実現できなかった。それでもなぜ彼女がこの高校を選んだのかと言えば、単純に家から一番近いからという理由なので、同情はあまりできないが。
  • 40 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:08:19 [削除依頼]
    「今日は零の一番好きなものを作ったからな。いっぱい食べろよ」
     台所から姉さんの弾んだ声が聞こえてくる。なにやら自信に満ちているような口調だ。その言葉に、僕は少々の不安を覚えた。
     彼女は、料理が得意である。否、より正確に言うならば、得意な時が多い、と言った方が正しい。彼女の作る料理は、当たり外れの差が激しいのだ。一つ例を取るなら、ハヤシライスなんかは最悪の域に達する。初めてそれを食べた時、一口目で眩暈と吐き気に襲われた記憶がある。しかし、隣からの期待に満ちた視線が残すことを許してくれず、結局全部食べるはめになった。次の日、僕の体がどのような状況に陥ったかは言うまでもないだろう。
     僕の好きなものといえばハンバーグだろうか、などと考えながら待っていた僕は、テーブルに置かれた料理を見て愕然とした。
    「ほら、ハヤシライスだ」
     自信満々な表情でそう話す彼女。僕の向かいの席に座って、手を合わせた。
    「何をしている。早く食べよう」
    「う、うん……」
     姉さんは不思議そうな顔で、固まって動けない僕にそう促す。どうやら僕に先に食べてもらいたいようだ。毒見をしろということか。
     あれ以来、ハヤシライスが食卓に並ぶことは一度もなかったので、完全に油断していた。さすがに姉さんも懲りたのだろうと思っていたら、どこをどう勘違いしたのか、まさか僕の大好物として扱われていたとは……。
  • 41 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:08:54 [削除依頼]
    「この前、テレビでハヤシライスが出た時に言ってただろう? こんなハヤシライスが食べてみたいって。だから、作ってみたんだ。大丈夫、以前よりは格段に美味しくなっているはずだ」
     なるほど、口は災いのもととはこのことらしい。あの時のテレビ番組と迂闊だった僕を呪ってやりたい。
     目の前にある、黒い物体がかけられたご飯からは、とりあえずはハヤシライスのような匂いが漂っている。確かに、前回のものに比べれば、格段に美味しそうには見える気がする。だが、見た目や匂いだけで判断してはいけない。油断は、それこそ命取りだ。
     スプーンで一杯すくってはみたものの、口に運ぶ決心がつかずに、しばらくそれを睨みつけた。目の前の姉さんが心配そうな顔でこちらを見ている。彼女も、まだ食べていないようだ。
     うだうだとしていても仕方がない。結局食べさせられる羽目になるんだ。それなら、冷めないうちに食べてしまった方がいい。そう自分を奮い立たせ、意を決してそれを口にした。
    「……あれ、美味い……?」
     あまりにも予想外だった味に、思わずもう一口食べてみる。やっぱり美味い。驚いたことに、このハヤシライスはただ食べられるだけじゃなく、それなりに美味しくもあるらしい。前回からは考えられないような進歩の仕方である。
    「おお! そうか、美味いか。なら安心だ」
     嬉しそうに笑みを浮かべながら、姉さんは一口目を口に運んだ。どうやら、僕は本気で毒見役だったらしいな。
     しばらく、黙々と奇跡のハヤシライスを堪能していると、不意に彼女が言葉を発した。
    「なあ、零」
    「何?」
    「お前、好きな人とかいるのか?」
     思わず、口に含んだハヤシライスを吹き出しそうになった。慌てて口を押さえてなんとか飲み込み、姉さんの顔を窺う。彼女は食べる手を休めて、こちらを見ていた。
  • 42 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:09:25 [削除依頼]
    「な、何で?」
    「いや、まあなんとなくだが。で、どうなんだ?」
     身を乗り出して食い下がってくる。どこか真剣な眼差しだ。僕は少し圧倒されながら、後ろに身を引いて考えた。
     別に、恋愛に対して何か苦い思い出があるとかそういうのではないが、誰々が好きだとか、そういったことに関して僕はあまり関心がない。いや、関わりたくないと言った方が正しいだろうか。僕は、誰かを好きになれるような立場ではないし、好きになったところで、向こうが僕のことを好きになってくれることなんてありえないと思っている。
     だから、別にいないよ、とでも答えようとした。
     刹那、頭の中で、誰かの顔が過った。
     これは――村雨?
    「おーい、どうした? 大丈夫か?」
     はっと気付くと、目の前で姉さんが手をひらひらさせていた。心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。どうやら僕は、いつの間にか下を向いて黙り込んでいたらしい。
    「いや、何でもないよ。えーと、何だっけ?」
    「だから、お前、好きな人とかいないのか?」
    「……別に、いないよ、そんな人」
     僕は考えていた通りの言葉を普通にしゃべったつもりだったが、いざ声に出してみると、何か妙な違和感を感じた。どこかで無理をしているような、そんな奇妙な感覚。
     好きな人など僕にはいないし、これから作る予定もない。その気持ちを言葉に出してみただけ。何もおかしいことなどないではないか。
  • 43 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:09:51 [削除依頼]
     一瞬思い出された村雨の顔が頭に浮かぶ。 
     多分、姉さんの質問があまりにも突然すぎたから、今日の、どこか様子がおかしかった村雨のことを連想してしまったのだろう。きっとそうに違いない。
    半ば無理やりそう結論付けて、改めて姉さんを見ると、眉をひそめてこちらをじっと見つめていた。
    「本当にか? 別に、隠さなくてもいいんだぞ?」
    「だから、いないっての」
     面倒くさそうにそう呟いて、僕は食事に戻る。なぜかは知らないが、これ以上、この話題を引きづりたくなかった。
     しかし、僕の思いとは裏腹に、姉さんは一つ溜息を吐くと、また話し続け始める。
    「もったいないなあ。私は、零って結構かっこいいと思うんだがな」
    「はいはい、ありがとう」
    「案外、零の身近にいる人の中で、お前のことを好いてくれている奴がいるかもしれないぞ」
    「だったら嬉しいね」
     僕は彼女の言葉を適当に受け流して、着々とハヤシライスを食べ続けた。僕のことを気遣ってくれているようにみえる姉さんには悪いが、僕としては一刻も早くこの話題を終わらせたいのだ。
     姉さんは、そんな僕の態度をようやく読み取ったのか、悪い、と頭を下げてきた。
    「すまない、訊かれたくない話のようだな」
    「別に、そんなわけじゃないけど……」
     確かに、そんなに興味のある話ではなかったが、訊かれたくないってほどではないし、そこまで改まって謝罪されるほどのこともされていない。そう説明すると、彼女は顔を上げ、そうか、と頷き、ハヤシライスに戻った。さきほどより元気がなくなっているように見える。姉さんは、昔から変なところで真面目な部分があるので、今回も、僕の邪険な様子を気にかけているのかもしれない。
  • 44 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:10:16 [削除依頼]
     なんとなく重苦しい雰囲気の中食べ進めていると、急に姉さんがスプーンを置いた。見ると、その表情はどこか悪戯っぽい笑みに変わっていた。
    「そういえば、今日は演劇以外に、映画も借りてきたんだ」
    「へえ、どんな?」
     彼女は立ち上がり、ちょっと待ってろと残してどこかへ行った。きっと、その映画とやらを取りにいったのだろう。何か自信があるような行動だが、それが逆に不安を煽る。彼女が映画を借りるなんて稀なことだが、どうせ碌なものではないような気がしてならない。僕は大した期待もせずに、残り少ないハヤシライスにがっいていた。
     すぐに戻ってきた姉さんは、椅子に座ると、持ってきた何かをテーブルの中心に置いた。
     それは、一本の分厚いケース。どうやらDVDらしい。
     その表紙を見たとき、僕は思わず目を丸くした。
     なぜならそこには、昨日と今日一回ずつ見た、あの恐ろしい魔の映画と酷似した写真があったからだ。
    「今巷で話題になってる映画あるだろ? ほら、宇宙人が攻めてきて、それと戦うやつ」
     どこかで聞いたのと同じくらいにアバウトすぎる説明である。しかし、今の僕には、その説明も、僕の予想のだめ押しになるくらいの効果はあった。
    「あれって、映画と同時に、別バージョンとしてDVDも発売されたんだ。なんか、基本的なストーリーは同じだけど、クライマックスが違うらしい。面白そうだと思わないか?」
     姉さんが目をきらきらと輝かせて語る。なんとなく、この後の展開が予測できて怖い。
  • 45 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:10:34 [削除依頼]
    「だから、これを食べたら一緒に見よう、零」
    「え、遠慮しとくよ!」
     あまりに予想通りすぎる言葉だったので、逆に上手く反応できず、声が上ずってしまった。きっと今の僕の顔は、ライオンに狙われたシマウマのように怯えていることだろう。
     そんな僕の表情を見逃さないような目つきで、何かを企むように彼女はにやりと笑った。
    「まあまあそんなこと言わずに、な?」
    「で、でも、明日は課外あるし……」
    「この後すぐに見れば、明日の朝に影響を及ぼさないくらいの時間帯には寝れる計算だ。というわけで、早速見るとしようか!」
     食べた後って言ったじゃん! という僕のツッコミは軽く流され、彼女は和気あいあいとDVDをセットしだす。僕はこの間に逃げてしまおうと、こっそりと立ち上がって出口の方へと向かう。
     ドアノブまであと数十センチというところで、何かが前に立ちふさがった。
     見上げると、そこにはにっこりと微笑む姉さんの顔があった。
    「どこへ行こうとしてるんだ?」
    「ちょっと、腹が痛いからトイレに……」
    「そんなの後だ、後。まずは映画を見ようじゃないか」
     んな無茶な……。
      
     その夜、城山家では、男の悲鳴が一晩中響いていたという――。
  • 46 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:11:07 [削除依頼]


    「どうした? なんかすっげー疲れてんな、お前」
    朝っぱらから机に突っ伏している僕の頭上から、辻矢の呑気な声が聞こえる。しかし、今の僕には、顔を上げる元気さえ残されてはいない。
    「ああ、そうだね……ふふふ……」
    「……そ、そうか」
     自分でも驚くほど低い声で答えた僕に、辻矢は少し引き気味な様子で頷いた。多分、僕を取り囲んでいる負のオーラに気がついたのだろう。前方から、椅子を前に引く音がするのがわかる。
     昨日の夜は、結局一晩中姉さんの映画鑑賞に付き合わされた。既に二回も味わった恐怖を、なぜか家で、ましてや真夜中に見らされるという拷問。姉さんは姉さんで、僕が顔を背けようとすると、がっちりと抑え込んで無理やりにでも見させるし、あのDVD、映像特典とかで、まさかの映画よりもう一時間長かったし、そっちの方が本編より数倍怖かったしと、昨晩は悪夢と呼ぶに相応しい夜だった。さらに、恐怖を少しでも和らげようと食べ続けていたハヤシライスのせいで、今朝起きた時のお腹の状態まで最悪という追い打ち。今もまだ腹痛が残っている。
    「何朝からくたばってんの、あんた?」
     もうしばらく映画は見ないと固く心に誓っていると、そんな村雨の声が横から聞こえてきた。言葉の調子から、腕を組みながら眉を潜めてこちらを見ている彼女の姿が容易に想像できる。
  • 47 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:11:36 [削除依頼]
    「辻矢君、こいつ、どうしたの?」
    「まあ、そっとしといてやりなよ。そうとう病んでるみたいだから」
    「へえ、この馬鹿が病むこともあるんだ。珍しいわね」
     周囲から聞こえてくる勝手な世間話に耐えられずに、僕はがばっと起きて、すぐ横の村雨に目を向ける。彼女は僕の想像通りの体勢でそこに立っていた。
    「お前らな、本人を目の前にして何を言うか」
    「本人の目の前だからこそじゃない。ちゃんと自分は馬鹿だって認識させないと駄目なの」 
    「誰が馬鹿だ」
    「だからあんたよ、あんた」
     憎らしい笑みを浮かべて僕の方を指差す彼女。その姿は、どこか楽しそうにさえ見える。僕はなんとなく反論するのが馬鹿らしくなってきて前を見ると、辻矢がにやにやした表情でこちらを眺めていた。村雨のとはまた違った憎らしさが滲んでいる。
    「相変わらずだねえ、お前らも」
     そう言って席を立ち、短く「トイレ」とだけ残して彼は教室から出て行った。
     辻矢の意味深な言葉に首を捻りながら、頬杖をついて視線を横に戻すと、先ほどの体勢のまま村雨が僕の方をじっと見つめている。何かを考えているような表情だ。
    「どうした? なんか顔についてる?」
    「……べ、別に何でもないわよ。いつものアホ面だから気にしないで」
     慌てて取り繕う村雨であるが、全然フォローになっていないことに気づいているのだろうか。いや、こいつの場合は、気づいててわざとやっている可能性の方が圧倒的に高い。そういう奴だ。
  • 48 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:12:06 [削除依頼]
     ごほんと咳を一回して、ところで、と彼女は切り出した。
    「あんた、何でそんなに疲れてんの?」
    「ああ、それが聞いてくれよ。実は昨日の夜さ……」
    「あ、やっぱりそんなに興味ないから別にいいわ」
    「……お前な……」 
     僕の苦労話は、出だしさえ話せずに一蹴された。もはや、村雨の僕に対するあしらい方が達人級である。自分から訊いてきたくせに、という真っ当な突っ込みをいれたくらいでは、彼女はびくともしないだろう。長年の経験からある程度それがわかっている僕は少し手工を変えて、逆に質問で返すことにしてみた。
    「そういえば、そっちこそ、何で昨日はあんなに怒ってたんだ?」
     その言葉に、今まで勝ち誇っていたような彼女の表情が一瞬で固まった。みるみる内に変化していく。その顔には、明らかに怒りが籠っているのが目に見えた。
    「それは、あんたのせいで……」
    「悪い、やっぱ別に興味ないや」
      渾身のしてやったり顔でそう言い放ってやる僕。うん、実に爽快だ。なんせ、今まで一方的にやられっぱなしだったのだから、このくらいのささやかな仕返しも時々してやらないと、こちらとしても割に合わない。
     一方の村雨は、いつの間にか表情が、ものすごく不気味な笑顔に変わっていた。といっても、その笑みからは楽しいという感情は一切読み取れず、どちらかと言うと何かの怨念のような雰囲気が漂っている気がする。きっと、子供が見たら泣き出すくらいの迫力はあると思う。
    「へえ、零も偉くなったもんじゃない。私に向かって、そんなことが出来るとはね……」
     今にも暴走しだすのではないかとさえ思えるほど、その怒りは溢れ出していた。ゴゴゴ、みたいな効果音が似合いそうだな、などと呑気なことを考えている場合ではないくらいに、村雨の周りを取り巻く空気は重苦しい。どうやら僕は、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
  • 49 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:12:51 [削除依頼]
     反射的に謝ろうとする僕だったが、よく考えると、今僕が村雨に対してやったことは、いつも僕が彼女から日常的にやられていることではないかと気づく。だとしたら、彼女が僕に対してキレるのは、相当な理不尽ではないか。そうだ、僕だって、いつまでも村雨の尻に敷かれているわけにはいかない。ここらで僕も反撃をするべきではないか――。
    「十秒以内に土下座。十、九」
    「すいませんでした」
     なんて僕の密かな野望は、およそ二秒で脆くも崩れ去った。結局、僕はいつまでたっても村雨には勝てないようだ。ふんと腕組みをしながらこちらを見下ろす彼女と、完璧なまでの土下座で対応する僕の関係は、傍から見るとどう見えているのだろうか。少なくとも、友達と呼ぶには無理があるような気がする。
  • 50 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:13:18 [削除依頼]
    「あ、あの……」
     突如、村雨とは違う女子の声が頭の上から聞こえてきた。はっとして顔を上げると、このクラスの委員長である坂倉凛子が、引きつった笑顔で僕を見ている。なぜか、今にも泣きだすのではと思えるくらいに悲しそうな目つきだ。今この状況からすれば、一番泣きたいのは僕の方だろう。
     とりあえず僕はそのままの姿勢で、無理に笑顔を作ってみた。現状に対する、精一杯の抵抗である。
    「……いつからそこに?」
    「えっと、辻矢君が席を立った時くらい、です」
    「あ、そう……」
     ということは、僕の土下座までの一部始終はばっちり見られていたということか。なら、話は早い。僕が理不尽に土下座を強いられているということを、坂倉もしっかりわかってくれていることだろう。
    「ま。まさか、城山君と雫が、そんな関係だったなんて……」
    「はいそこ、ちょっと待った」
     自分でも驚くほどの素早さで立ち上がった。一体、どこをどう見れば、そんな解釈が生まれるのだろうか。そもそも、今、彼女の頭の中では僕と村雨の関係はどのようになっているんだ。
     そんな心配を抱きながら坂倉を見ると、彼女はぎこちない笑顔のまま、数秒僕の目を見つめて、突然はっとしたように顔を伏せた。
    「え、えっと、冗談、です。ち、ちょっと、からかってみました」
     そう言って、坂倉は恐る恐る顔を上げて、ぺろっと舌を一瞬出してみせた。よくある、悪戯を謝るときのジェスチャーであるが、まさか実際にやる人間がいるとは思わなかった。彼女もやはり恥ずかしいのか、頬が少し赤いように見える。
  • 51 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:13:43 [削除依頼]
     状況がよく飲み込めない僕だったが、とりあえず誤解はされていないようだったので、僕も笑顔で返しておいた。坂倉の、この手のよくわからない冗談は、既に幾度か体験済みなので、いまさら咎めるほどのことでもない。
     坂倉凛子は、肩にかからないくらいに短い髪、僕より頭一つ分低い身長で、十分に幼顔なのだが、見た目的には村雨より多少大人びている。それでも、背伸びをしている中学生くらいの印象ではあるが。
     前にも話したように、彼女は極度の恥ずかしがり屋である。しかし、恥ずかしくて何もできない、というわけではなく、彼女は自分から何かをやった後に、自分で恥ずかしがるのだ。意外と行動は大胆なものが多く、見ているこっちが赤面したくなるようなことまでやりだすことが多々あるから、本人の恥ずかしさは相当なものだろう。ちなみに、彼女が委員長になったのも自らの意思だ。
     その幼い性格や小動物のようにおどおどとした雰囲気から、是非とも自分が守ってやりたいと坂倉を狙う輩は中々多い。その半面、彼女に何かアクションを起こす者はあまりいないようだ。恋愛対象と言うより、クラスのアイドルのような扱われ方をされている気がする。
    「……で、何の用なの、凛子?」
     その声に視線を向けると、村雨が不機嫌そうに僕たち二人を睨んでいた。どうやら今度の怒りは坂倉に向いているようである。
     坂倉はきょとんとした顔で村雨を数秒見つめて、首を傾げた。
    「雫……いつから、そこに?」
    「そうかそうか、そんなに怒られたいか、凛子ちゃんは」
     拳を振り上げる村雨の様子を、坂倉は笑いながら眺めている。村雨も、坂倉の言葉が冗談だと分かっているのか、すぐに腕を下ろして笑った。僕が冗談を言ってみた時との対応とは大違いだ。しかし、もはや今更すぎる悩みなので考えないことにする。
  • 52 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:14:08 [削除依頼]
     坂倉と僕たちは、去年から同じクラスだった。村雨とはすぐに仲良くなったようで、入学して間もなく僕の前に村雨が彼女を引き連れてきたことを覚えている。第一印象は今とほとんど同じで、おとなしい子だな、と思った程度だ。それから、村雨の仲介の下、なんとなく会話する機会が多くなり、現在のような関係に至っているというわけである。
    「で、結局、用は何なの?」
     冗談ばかり言っている坂倉に僕が話を促すと、彼女は思い出したように手をぽんと叩いて、近くの席に置いてあったプリントを手に取った。僕と村雨に一枚ずつ配る。
     パソコンで書かれた文字。一番上の行には、大きなフォントで『肝試しツアーの要項』とあった。
    「……肝試しツアー?」
     眉を潜めて、思いっきり怪訝な顔で坂倉を見る。とりあえず、少しでもこのプリントに書かれていることに対する嫌悪感をアピールするためだ。別にアピールしたところでどうにかなるのかは知らないが、このプリントを作ったのは誰かという予測くらいはついている。そして、多分その人物は、この企画の発案者と同義だろう。
     当の坂倉は、プリントを渡し終えると同時に、下を向いてこちらを見なくなった。よって、今僕がどんな表情なのか、どんな気持ちなのかが全く伝わっていないことになる。小さく溜息を吐いて村雨を見ると、目が合って、やれやれといったジェスチャーを作ってみせた。
  • 53 月 id:59.HKZH0

    2011-11-05(土) 12:14:23 [削除依頼]
    「この企画って、凛子がしたの?」
     村雨の問いに、坂倉は俯いたまま、こくこくと頷く。とても恥ずかしがっているようだ。おそらく、自分の考えた案を他人に披露するのが怖いのだろう。だったら見せなければいいのに、とは思ったが、とりあえずまずはプリントに目を通してみることにした。
     かなりシンプルな作りで、タイトルの下に、今日の午後七時に学校近くの墓地に集合ということに加えて、夏休み最後にクラスで思い出を作りましょう、などの文句が他に三行ほど書かれているだけである。こういう直球なところも、坂倉らしいといえば坂倉らしいとは思うが。
     そういえば、夏休みの課外は明日で終了だったことを思い出す。そこから、木、金、土、日と休みが入り、翌月曜日から二学期、といった具合だ。四連休と言ったら聞こえはいいが、夏休み中だということを考慮すると、素直に喜べる長さなのかは微妙だ。
    「へえ。肝試し、ねえ……」
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